• 鋼兵記メタルウォリアー

    ー21St century`s imaginary  Robotics Sagaー

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  • Ep.1

    Cha.1

    西暦2100年代、地球は荒んでいる。幾度もの戦争が、文明を焼いた。
    街は燃え、森は枯れ、そして人は、死んでいった。
    数え切れるほどにまで減少した国家郡は、次第に統合し、一つの国となった。
    しかし、戦争の火種は、未だ潰えようとはしなかった。
    ひっそりと、その芽を出そうとしているのだ。
    人々の心の願いは、ただ戦争が終わること以外にはなかった。
    そのために「鋼兵」は産まれ、国家は、それを身代わりとした。
    つまり、人ではなく、「鋼兵」による戦いを生み出したのであった。
    国家郡は、「鋼兵」による「大会」を催し、そうしてお互いの権利を
    受け入れていったのである。それにより、世界から「戦争」は消えた。
    兵士でさえも、その役割を終えようとしていた。
    しかし、「平和」とは、未だに程遠かった。「鋼兵」はその乗り手を求めた。
    人は、その乗り手となりたがった。栄誉が欲しかったからだ。
    その乗り手たちは「乗るもの」と呼ばれた。そして、戦っていった。
    やがて、人々はそれを「MW(メタルウォリアー)」と呼んだ。

    そうした流れは、時代となって今となる。
    人は、未だ戦いの荒波からは抜け出せてはいなかった

    春。
    未だに寒気が残り、今年は咲かないと思われた桜は、思った以上に花をつけた。
    春は、何気に人の心の拠所でさえあろうとしていた。
    しかし、そんな春であればこそ、乱れは産まれていくのだ。

    ラサキアは、かつてのヨーロッパはギリシャがあった場所に存在する。
    この国は、かつての戦争で国としての力を失ったギリシャ、イタリア、
    キプロス、といった国家が統合し、産まれた国家であった。
    しかし、それでも国家としての力は乏しく、唯一持っていた力はMWの製造技術だけであった。
    西暦2010年代前半。
    ギリシャは強烈なインフレに陥り、国家として機能するかさえもが危ぶまれていた。
    しかし、日本をはじめとする先進国の援助の末、辛うじてその危機を乗り越えた。
    やがて、ギリシャの工業技術は先進国によるODAなどの技術支援により飛躍的に向上。
    いつしか人型ロボットのシェア第一位となるほどまで登りつめた。
    その際、主導権を握っていた国家は日本であり、半導体やロボットの基礎技術は大半が日本産の技術だった。
    その技術によって生き永らえているギリシャを、自力で復活したとは大目にも言い難い。

    そのラサキアに、軍が新しくMW専門高校を設立したのは、つい最近の話だった。
    人材という資源が失われつつあるラサキアで、MWに関する知識を学ばせようと
    いうのが目的だった。技術はあっても、継ぐ者がいなければ形骸でしかない。
    ラサキア鉄機学園-全ての物語はここから始まりを告げる。

    揚揚とした春の日差しの中、ラサキア鉄機学園では、入学式が行われていた。
    「はあ~。入学式だってのに、あんまりワクワクしないのは何でだろうな」
    レントはこの入学式に退屈な表情を浮かべていた。
    何の変哲もない校長のスピーチ、ひねりもない校歌、そして生徒の期待と不安に満ちた顔。
    面白みに欠ける、見飽きた。という思いと同時に、どこか晴れないような感覚がある。
    レント自身、常々何か新しいことを考えて生きるという妙な性分である。
    多分に、その新しいこと好きの性分が晴れない気分を作り出している……とも思えなくもなかった。
    そのうえレントは女顔である上、体つきも女性的なためえらく視線を集めた。
    「まただよ。初日でこれじゃあ、先が思いやられるね」
    早速、編入されたAクラスでは、女子や一部の「男子」の視線が注がれるという結果になった。
    「……いきなりかよ」

    Aクラスは、入学試験の成績がよかった者が主に編入されるクラスだ。
    レント自身は、MW戦術理論の試験において、学年中4位の成績で入学した。
    しかし、彼は今までMWの事は一切知らないというのだから、疑問に思われた。
    それも含めての視線なのだろうが、彼はあまり快くは思っていなかった。
    「ったく……見せ物じゃないってば。他の人の相手もしてやって!」
    彼はそう叫びたい一心だったが、入学初日でこれ以上灰汁を出すわけにはいかなかった。

    それから大体2週間程度経ったある日のこと。
    レントも大分慣れてはいたが、肝心のMWに関する授業は未だ本格的ではなかった。
    何度も同じようなMWの基礎知識や、素体となる「ゲージ」のことぐらいしか勉強はしていない。
    おまけに自分の噂が人に広まるので、よりその視線は自ずと増える。
    レントが感じるのは、このループに対する不満と、ストレス程度しかなかった。
    「これじゃあ、視線ノイローゼになっちゃうよ。頼むから他の方向いて!」
    またも叫びたい気持ちではあったが、結局視線の数に圧倒されてか、口が開くことはなかった。

    その帰り道、レントは隣に住む幼馴染のサレンと話をしていた。
    サレンは本名をサレローヌと言い、かつて栄華を誇っていたヴァレッツ家の人間だ。
    隣国のハーマス共和国から来たサレンは、今年レントの家の隣に越してきた。
    レントとは中学まで一緒だったこともあり、レントもサレンが来てくれたのでどこか安心している節はあった。
    しっかりもので面倒見がよく、レントにとっては心強い友人だった。

    ハーマスは、イギリス、フランス、ポルトガルといった国家が統合して産まれ
    近頃では珍しい共和国だった。平和を重んじ、MWを戦争を無くす最良の手段と
    考えるハーマスの人々は、その「乗るもの」となるため、ラサキアへ
    渡る者もいた。サレンはその一人だったのである。

    「もう、そんなのほっといたらいいのよ。気にしすぎると、そのうちノイローゼになるわよ。」
    「うるさいなあ・・・、元々感覚過敏なんだ。仕方ないだろうに」
    「でも、無視ぐらいはできたものじゃない?」
    二人は、レントの視線について話していた。元々感覚過敏なレントは
    視線や、音を感じ取りやすかった。おまけに、美人アレルギーという
    奇怪な体質もあり、ますますストレスはたまる一方なのである。
    「第一、女が俺によるなってのさ!蕁麻疹がでてたまらないんだよ!」
    「何それ!?私にはそんなの一言も言わないのに?極端ですこと」
    「お前は長年一緒だから・・・その・・・耐性ができてる」
    「妙ね・・・あなたって本当に・・・。全部がさ・・・。」
    こうも珍妙な会話をするのが、ある意味お互いにとっても楽しいものであった。
    この二人同士でしか成り立たない会話。それこそ、何も混ざり物がなく、
    ただお互いの気持ちをスッと吐き出せている。これが楽しいのである。

    「そういや、明日からだったね。MWの実戦シミュレーション。
     なんか緊張するよね。仮にも戦うんだし」
    「でも、来たからには仕方ないでしょ。面白そうだな。久々だよ、こうも・・」
    明日は、いよいよ本格的なMWの戦闘シミュレーション授業である。
    さすがに実戦授業は早すぎるので、まずはシミュレーターを使い、
    操縦の基礎、そしてMWの適正試験を行うのである。
    「データキー、明日配布だから、無くさないように何か持ってきたら?」
    「まあな・・・俺、よくもの無くすからな。おっと、家の前だ。んじゃ」
    「じゃ、バイバーイ」
    二人は、目の前で別れた後、レントはポストを見た。これは彼の日課である。
    すると、何やら封筒が入っているのを見つけた。さほど大きくはない。
    大体ハガキ位の大きさだが、また別に何か入っている。
    早速家に入ってその封筒を開けると、手紙と同時に何かが落ちた。
    レントは、それを取ると、目を大きく開き、大きく驚嘆した。
    (・・・間違いない。これはデータキーだ。MWの・・・何故!?)

    データキー。それはMWの情報並びに制御システムが組み込まれたカードである。
    このデータキーは、MWの制御システムであり、同時に「ライダー」認証
    システムでもある。つまり、MWの「核」ともいえるものであり、
    通常は、これを所持できる人間は極めて少なく、易々と製造できる
    代物ではない。レントも、これぐらいは授業で覚えた。いや、知っていた。
    では何故、このデータキーが自分の元へ届いたのか。
    手紙にはこう記されてあった
    「きっと君の役に立つ。大事に扱いなさい」としか書かれておらず
    差出人も、住所も書いていなかった。レントは疑問に思った。

    (・・・俺は、何かに呼ばれているのか?そうでなきゃこんな・・・
     MWには微塵の興味も無かった俺が、専門校へ行こうだとか、
     MWの事には俺はやけに詳しかった・・・。分からない。俺が・・・
    クソッ!どういう!)
    レントはジレンマを覚えた。しかし、この事は、後に起きる出来事の
    ほんの僅かな欠片でしかない・・・。

    Cha.2

    レントは、その晩一睡もできなかった。
    自分の元へ届いたデータキー。それが誰から齎されたか、そして、何を意味するのか。
    そういった思考が頭の中を駆け回り、考えれば考えるほど妙な思考を産み出す。
    しかし、ただ一つだけ断定できることはあった。
    それは、自分はこうなるべき人間-MWに乗るべき人間-なのだと。
    そうでもなければ、自分は「あそこ」には行くはずもないし、こんなものが届くはずも無い。
    しかし、それは行き過ぎた懸念ではないかと思考をまた戻す。
    自分の手元にデータキーが行き着くのも、結局は何らかの偶然ではないか。
    しかし、レントは今一度、これまでの自分の「頭の働き具合」を振り返った。
    MWの戦術など知るはずもなかった自分が、何故試験の時にあんなことを書いていたのか。
    授業の時、初めて聞くはずであったデータキーやゲージの事が、感覚的ではあれ何故分かったのか。
    もし、このデータキーが、それと何か関係性を持つならば、自分には、そう運命付けられた何かがあるのかもしれない。
    そういった思考が、レントをあの考えに結びつけた。
    「こうも決められてたんかね、俺の道筋。そこはかとなく……悲しくなるな。普通の人生でよかったんだけど……」
    レントは、言うに言えない不安と不満をただ一人、虚空に嘯くのだった。

    翌朝、レントは意外に早く目が覚めた。
    どうにも遅刻だけは免れたいという気持ちだけは、既に本能と一つになりつつあるらしい。
    しかし彼自身はこの朝でさえも「いつも通り」だと感じ、気持ちのいい目覚めだとは言えなかった。
    朝食はパンを一枚焼いて、それにハムを一枚乗せて食べるのが常である。
    それ以外には時間もないので、朝食を作ったことは無い。母は出張が多く、父は行方知れず。
    そのためいつも家にはひとりである。
    だから、家事は基本自分で行うし、電気代云々は親の口座から引き落とすように言われている。
    レントは、その「温度がない日常」が退屈なのだ。
    「たまには別の朝飯でも食べたいもんだねえ。今度サレンにでも聞こうかなあ」
    そうして、皿を洗って、普段着に着替える。
    こういうことも含めて、彼の朝は早めに訪れる。

    そして、もう一つやることがある。サレンを起こすことだ。
    彼女はよく寝入るらしく、目覚まし時計が鳴っても中々起きない。
    なのでレントが行って、外から声をかけないと、どうにも起きられないらしい。
    しかしレントは、ここでサレンにデータキーの事を言うかどうか悩んだ。
    今言うと、後々大事になりかねないのはもはや自明の理である。
    しかし、大事になる前に相談してみる、という事も思いついたレントは、一応事情を話すことにした。
    そして、その焦りのせいかいつもより少し大きめの声で呼びかけた。
    「お~い、サレン!朝だぞ~!毎回やらせんな!!」

    サレンはその声を感じたのか、ゆっくりと瞼を開けた。
    最後の一言が一番鮮明に聞こえたことは言うまでも無い。
    サレンは窓を開け起きたばかりにしては大きな声で、レントに負けじと声をかける。
    「余計なお世話よ!こっちは色々忙しくて夜も寝てない・・・アァァ・・・」
    サレンのあくびをした顔が面白かったのか、レントは少し顔に笑みを浮かべた。
    「何がおかしいのよ・・・?まあいいわ。今から着替えて降りるから」
    「おう。出来れば急いでくれ。色々話があるんだ」
    サレンはレントの意味深な顔に一瞬何かを感じたが、気にすることなく
    下へ降りた。そして荷物をまとめ、少し慌てて外へ出た。

    レントはその間データキーを見つめていた。
    見た目はどこにでもあるようなクレジットカードにも見える。
    しかしその中には、世界を変えるやも知れない力でさえ入っている。
    レントは悩んだ。いくらそうあるべき者-ライダーとなるべき者-であっても、自分にはこの力を使えるのだろうか?
    自分は年齢的にも精神的にもまだ未発達だ。
    そんな段階で渡すのは、判断を誤ってはいないだろうか?
    しかし、それは違うような気もする。
    今だからこそ、「不完全」であるからこそ、この力の意味を知る必要性がある。
    自分には、そんな気もしてくる。レントは、一応考えを整理した。
    (俺は・・・、戦わなくちゃいけないんだな。まだどんな力かは知らないけど、
    俺はやってみるさ。MW、メタルウォリアーで何かが出来る人間に)
    そういってレントは、硬く拳を握り締めた。

    「そういや、今日はMWの実戦シミュレーションだったよね。緊張するな」
    「始まる前から緊張するなよ。本番もっと緊張して、筋肉ガッチガチになるぜ?」
    レントとサレンは、今日のMW実戦シミュレーションについて話していた。
    無論、最初から実戦訓練となると、機体性能や機体に対する「慣れ」が必要となる。
    感覚慣れがなければ、MWの操縦はおろか、まともに動かすことさえ困難となる。
    そのため、まずはシミュレータにて適正を判断し、個人にあった機体と、オプションを選択する仕組みとなる。
    それを登録するツール=データキーなのだ。
    レントの場合は、その届いたデータキーにすべてのデータが入っている、ということになる。
    「ねえ、今日データキー入れるやつ何か持ってきた?昨日言ってたじゃない」
    レントはふと、自分のポケットを触った。いくら決めたとはいえ、やはり言うのは難しい。
    しかし、大事になったらそれこそ対応が難しい。
    レントは、今一度決心し、サレンに全てを話す準備をした。
    「サレン、実はさ……昨日、何でか俺には届いてたんだ。データキー」

    サレンは、それを見るなり表情を変えた。
    データキー。それは今日学校でもらうはずのもの。
    見た目こそキャッシュカードと遜色ないが、その内容は国家機密レベルである。
    それを、何故レントが持っているのか。
    おまけに昨日届いたとはどういうことだろうか。それなりに理由があることは何となくは分かる。
    だが、それが何であるか、ということだ。
    「・・・それ、どうしたの?届いたって・・・誰から?」
    「それが、俺にも分からないんだ。差出人も住所も分かんないんだよ……」
    サレンは更に混乱した。
    本人にもその理由が分からないのだから、当然誰にも分かることではない。
    レントの頭の中は、サレンの質問により再びかき回されて、惑ってしまう。
    レントは、戸惑いの表情を浮かべていた。
    「なあ、どうしたらいい・・・?確実に怪しまれそうなんだよ・・・」
    「どうしようたって・・・。仕方ないから、これ使ったら?事情は説明したらいいだけの話じゃないの」
    でもなあ、とレントは言ったが、その後納得したような顔を浮かべた。
    今考えていても仕方は無い。
    第一、MWの学校に行く身であるから、その辺の事情についてもそれなりに理解は示すはずだ。
    「そうだな・・・。よし、行こうか。あ~、無駄な時間だったな」
    「そうしたのは誰なの。ちょっと急がないと遅れそうよ」
    レントとサレンは、少し早足で学校へ向かった。

    今日の授業は、幾分か早く終わったような感じだった。MWに対する期待が、
    時間を早めているのだ、と考え、レントは一人面白がっていた。
    「気味悪いわよ。一人でニヤニヤして」
    サレンがそういうと、レントは少し不機嫌そうな顔をして、溜息をついた。
    「何だよ、人が色々と考えているのに。水を注さんでくれよな」
    「次、いよいよ実習だから、その抜けた顔しめなさいよ。初めてなんですからね」
    初めて。その言葉がレントにはどうも引っかかった。
    自分は確かに初めてMWには乗るが、どうにも初めてだとは思えないのである。
    感覚的なせいなのか。それともまた別のものなのか。
    そんな事を考えながら、レントは、MWの操縦訓練を行うシミュレータールームへと向かった。

    シミュレータールームには、白い半球状のシミュレータが多数置かれている。
    ここだけ見ると、学校とは思わせてくれない空気がある。
    旧世紀のゲームセンターとでもいうものに来たような感じにさえなる。
    しかし、そこはさすがに学校というだけであり設備は本格的な物だった。
    内部のコンソールやシートは、本物のゲージのコックピットを使用したものがあるのだ。
    生徒達は期待に踊る目をしていたが、レントともう一人-ジェイド・ガクターだけは違った。
    ジェイドの目は、ルビーのように澄んだ赤い眼をしている。
    しかし、その赤みは妙に濃く、血液のようにも見えてしまう。
    レントは、そんなジェイドから発せられる異様な空気を感じた。
    恐る恐る見てみると、ふとジェイドと目があった。
    レントは、その眼差しに何かを感じたのか、ただジェイドを見つめていた。
    ジェイドもまた、レントの目に何かを感じていた。
    (アイツは・・・、何だ?何故貴様から目を背けたがらない・・・。)
    (コイツは・・・、どういう?何かが俺を引き寄せているが・・・。)
    「おい、今から話するから聞いておけよ!」
    教官の声で二人は我に返った。
    だが、未だにお互いから感じた「何か」が未だに消えないまま、目を背けた。

    教官の長々しい話に、レントはすぐ飽きてしまった。
    ほとんどが聞いたような話や注意であり、念を押すのは分かるが、さすがに5回は聞き飽きる。
    おまけに長いときているので、レントは退屈で仕方が無かった。
    そして、やっとMWの調整に入るところで、恐れていたことは起きてしまった。
    レントの元に届いたデータキーのことで、何故レントが事前に所持しているのか、
    どこから入手したのか、ということで授業が停滞してしまった。
    「おい!何とか言ったらどうだ!そういう言い訳はあまり通じんぞ!」
    「ですから、自分でも分かんないんですって!どうして聞こうとしないんです!」
    レントは一応ありのままを話したが、どうにも「出来すぎた話」であるらしく中々信じてもらえない。
    レントはどうにも言いようが無かった。
    「もういいでしょ。本人は知らないって言ってるんです。そこであまり時間を取らないで頂きたい」
    ジェイドがそう言い放つと、教官も渋々とレントから離れた。
    「いや~、助かった。言い方はどうあれ、庇ってくれてありがとな」
    「貴様を庇うのではなく、俺はあくまでMWを早く見たかっただけだ。時間の無駄は嫌いでな」
    ジェイドはそう言い放つと、再びMWの機体調整に入った。
    (嫌味なやつ……。まあ、ごたごたさせた俺が言える口じゃあねえな)
    レントは、そう思いながらも、機体を調整しようとした。
    だが、既に機体のメインデータは登録されていたのだった。

    「P型・・・?レーザー兵器実戦導入試験用MWか。試作機なのか……?」
    登録されていた機体は、「MW-001/P ラスゲージ」といい、レーザー兵器の制式配備を検討するための試作機だった。
    そのため、「レーザーブレード」と呼ばれるレーザーによる剣が装備されている。
    通常、MWの兵装は実体兵器が主流で、レーザーによる兵装を装備した機体は、この「ラスゲージ」が初となる。
    「おまけに高機動型でもあるのか。近接格闘戦に特化してるのね」
    レントは、この機体に十分満足していた。
    自分が一番得意な戦術理論は、確か近接戦におけるものだった。、
    また、昔から喧嘩などでも、近接戦というものには妙な「慣れ」があったこともある。
    この機体は、自分が乗ることを意識して作られたのか、とまで感じていた。
    「後は乗った後に微妙な調整さえすればいいから……。よし、いける!」
    レントは、その機体データを再登録し、データキーを通し、
    シミュレーターを作動させるのだった。

    Cha.3

    校長室というのはこうも重々しいものだったろうか。さすがに前を通らない
    ということはないだろうし、その時もこうも重くはなかったはずだ、と
    レントは感じていた。目の前にいる無愛想な男は「鬼」とは言われる
    エリク・ノイオルグ教官-正式には技術少尉だ。ラサキアの学校に
    限った話ではなく、MWを取り扱う学校には必ずしも国家軍の人間が
    紛れ込んでいる。中途半端にMWを扱ってほしくないと言う国の姿勢の
    表れだろう。レントとて国の言いたいことは分かっていた。
    しかし、秘密にやられるとややこしいと考えるレントには、学校を
    国の争い事、というよりエゴを促す場所にするには向かないと思った。

    「レント・ムカイ。入学してあまり経たんが呼び出しとはな。しかも、
    いきなり国家機密だという・・・。厄介だよ」
    厄介だと?厄介なら放っておけばいい。事を起こすのはあんたらだ。
    突っかかるから。と言いたかったが頭はそれを止めた。自分を滅ぼすだけと
    頭は分かっているからだ。もっとも、頭と感情は違うわけであるというのは
    承知の上であろうが。
    「データキーのことは、俺が一番びっくりしてますよ。だから、分かんないって言ってるじゃないですか」
    「それはもう聞いた。出所も差出人も何一つ分からんというか?それはそれで
    不思議というか、うまが合いすぎるぞ」
    データキーが国家機密に入ることは、レントは授業で耳に胼胝が出来るほど
    聞いていた。だから自分が呼ばれた理由は感覚的に分かる。

    しかし妙なことも思い返せば多かった。相手は自分が知らない人間。
    父からも母からも、知り合いにMWに関わった人間がいたとは聞いてはいない。
    それ以前に父も母も自分と話をしなくなった。親が前から消えた自分の
    世話をしてくれたのは-誰だったか。もしや、その人が。
    レントはそんなフィードバックに帰ろうとしていた。しかし状況はそれを
    拒んで、緊張した空気しか産まなかった。風が-生温く感じる。



    日が暮れ小前となり、学校にも生徒の帰宅する声が聞こえる。いかにも
    軽々しい声だ。自分達は明日の生活が保障されているかのような。
    風が幾分か冷たくなってきた頃。時間は既に一時間経っていた。
    レントは時計を気にしながらも、やけに慌しい空気の職員室の方を眺めていた。
    (ええ、ですから処理のしようが無いわけでして・・・)
    (あ、もしもしラサキア国家軍情報課ですか。実は赫々云々と・・・)
    電話の音とそれに応答する教員達の噛合わないアンサンブルは、
    ただただ、けたたましいだけだった。先程からあまり進展もしていない。
    「こっちにも聞こえてるって・・・。サレンは巻き込まれなかったか。
    思えば・・・あまりに短い人生だったような気がするな」

    国家機密に関する事件の場合、最悪死刑も免れない。
    そんなことは授業で嫌になるほど聞かされた。大体5回は軽く聞いた。
    レントは少しの後悔をしていた。あまりにも死が早く感じるからだ。
    「せめても彼女ぐらい作りたかったねえ。それから仕事もしてみたかった・・・。
    駄目だ。思い残しは山ほどあるよ。考えるのやめよう」
    どうせ無駄なことだろう。レントはそう感じた。
    死ぬ手前に色々と過去を振り返ったり遣り残したことを考えるのは
    未だに恐怖を死にたいという願望に変換できないからで、未練厚かましい。
    おまけに死ぬことはほぼ見えているので、今更そういうことを思いつこうが
    どうにもならない。無駄な思考は捨て去りたいのが、今のレントだった。
    そういう風に考えた矢先に、ノイオルグは職員室からやっと顔を出した。

    「やっぱり……国家絡みの手続きって時間かかるもんなんですねえ」
    「呑気なやつだな。市警になるかもしれないんだ、怖くはないのか?」
    いいえ、とレントは返した。それでも国家レベルの事件について
    これぐらいの時間で片がつくのも珍しい。本当は丸一日かかってもおかしくは
    ないわけである。
    「その死刑の手続き、やっぱりすんなり決まっちゃいました……?とほほ」
    「そうは言ってない。国軍情報管理局並びに国家裁判所は今回の件は
    こちらで処理しろといってきた。というわけで、お前は一週間の自宅謹慎だ」

    ―ふざけているのか。それとも、気を紛らわす為の冗談なのか。
    いずれにせよ、こんな軽い、いや軽すぎるものでいいのだろうか。
    国家機密に触れた場合、必ずその処理は国家裁判所が行う。
    そこで言われる判決は大抵が重いものだ。終身刑はまだ軽いほうで、
    最悪銃殺刑というのもある。レントでさえ銃殺刑が免れればそれでいいと
    考えていた。とりあえずは事を収めたい。ただその考えだけが頭にあった。
    「・・・本気でそう言ってきたんですか。国の連中は。本当に学校で
    この事を処理しろと?」
    「そうだ。私は同じことは二度は言わんのでな。命拾いしたじゃないか」
    肩透かしにもほどがあるというもの。命拾いしたとてどうなる。
    根本的には何も解決はしていない。このデータキーはどうなるのか。
    そして自分はどういう立ち位置に置かれるようになるのか。
    それらすべてが見えていない。つまり、どうにもならないのだ。
    「そうですか……わかりました。失礼します」
    レントは納得がいかないまま部屋を出た。

    その後、ノイオルグは学校長であるブロイセ・ログナーと話していた。
    無論、今回の事件に関してである。学校長は少し出かけていたらしい。
    「成る程。裁判所がそういうなら仕方あるまい。若い人材を減らすよりは
    幾分かましだと思うがね」
    はあ。とノイオルグは会釈した。ノイオルグ自身も内心そちらの判断の方が
    良かったと思っていた。面倒くさくないからだというのが本心なわけだ。
    「生徒のデータを見たよ。このムカイという生徒がどういう人間かは
    君とて分からんことではないだろう」
    「と、おっしゃいますと?」
    「彼にはある秘密、というよりは力だな。そういうものが体に備わっている。
    国はそれを利用するためにあえて生かしたんだろうな」
    秘密。力。ノイオルグにはそれがさっぱり理解できなかった。
    彼のどこにそんな力が。彼は普通の人間だとノイオルグは思った。
    ただ唯一思い当たる点があるとすれば、MWに関する天才的技術ぐらいだった。
    しかしそういうことが元々得意なのかもしれないし、偶然かもしれない。
    「彼は確かに勘はいいです。だからといって備え付けというわけでは・・・」
    「君は何にも知らんらしいな。尤も彼の父親が分かれば納得はいくがね」
    父親。そういえば彼の両親とは入学式以外全く会った事はない。確かどこかで
    見たような顔だった気もする。だが誰かはその時出てこなかった。
    もしや、とノイオルグは思った。もしそうならば、と。
    「確か・・・『JUNO』のメンバーの一人だったアメン・カステポー・・・」
    そうだ。とログナーは静かに言った。ノイオルグは『JUNO』が何なのかは
    今は知り得ないにせよ、それがレントの運命を狂わせたことは言うまでもないと
    感じた。そして、その歯車がまた廻りだしたとも思えたのだった。

    「校長。今回は明らかに国が馬鹿に見えません?」
    ノイオルグはそう突拍子に口を開いた。ログナーは椅子にゆっくりと座り、
    窓の方を見ながら頷いた。
    「国が勝ちたいからあえて法を曲げ、血筋で人を生かしたからか。確かに
    それは愚かで馬鹿だ。でもそれが今の世界のやり方だよ」
    「それはエゴの奔流ですよ。おまけにこの国は小さいからってやけに貧乏くさい
    芝居するんですから、困ったもんです。ムカイのやつも薄々分かっていますて」
    教師の言うことではな、とログナーは苦笑いした。そうして再び前を向いた。

    この戦争が産み出した物は、砂漠と廃墟郡、そしてエゴの塊だった。
    そんな世界で自分は生きているとレントは思った。兵器は破壊だけでなく
    作り上げることもできる。と前に何かのTVで言っていたが、この世界では
    それは絵空事だ。兵器はただ壊すだけ。尤も戦争を経験していない
    「安全地帯」に産まれた自分にはいまいち実感は湧かない。
    「戦うねえ……今の俺に出来るかって言われりゃ、不安だなあ」
    レントは国を囲っている巨大な「垣根」を見て、そう愚痴を漏らすのだった。

     

  •  

    Ep.2


    ラサキアの街は巨大な「垣根」で覆われている。とても大きく、そして高い垣根だ。
    高さはざっと700mはあるだろう白い壁が街を覆いつくしている。
    外からはこの街の様子は全く見えないほど大きい。
    また、巨大自衛用砲台がいくつも付いているときているから恐ろしい。
    人々は外に出る際には地下トンネルを使って出て行くのだが、そんなことをしようとする人間もそうそういない。
    今の人々は外に対して用もないし、なによりこの「垣根」の中というのは「安全」であるからだ。

    政府が2090年ごろに完成させたこの巨大隔壁は国家の「安全」を守るために建造された。
    70億人の世界人口を約4分の一にまで減らした戦い、人々はこの戦いを「絶滅戦争」と呼んだ。
    莫大な数の中性子爆弾と新型生物兵器による殺戮は民間人をも巻き込み、幾多もの国が地図から消えた。
    その後、かろうじて生き延びた国家は併合したが、困窮した国々では度々テロ行為が起きていた。
    これを恐れた国家は様々な防衛策を検討した。
    ラサキアの場合は巨大な「垣根」という結果に行き着いた。
    もっともシンプルだが、それゆえ堅牢な形に出来るだろうという軍部の考えだった。
    当初は外交途絶の懸念も発生し抗議運動も起きた。しかし2070年代に地下運路が
    完成し、さらに当時就役していた「MW」の原型機「HW(ヒューマノイド・ワーカー)」
    によって作業の効率が急激に良くなったことにより建造がスタートした。
    そして紆余曲折を得て完成した「垣根」だったが、近頃はテロも減りその役目を
    失いつつあった。しかし人々はこの「垣根」の存在を気に入っている。
    この中にいれば「安全」は保障されるし、何より「気が楽」ということだろうか。

    レントは学校帰りの道でこの「垣根」を見つめていた。いつみても代わり映えが
    しない。白く大きな「垣根」が目の前に広がっている。空を見ると、雲の端が
    紫色になっていた。ああ、陽が暮れ小前なのだな、とレントは思った。
    夕日の色はまだ分かる。しかしこの壁の中からは夕日自体は見れない。
    夕日の輝きとはどんなものなのだろうか。美しいのだろうか。
    レントはいつかこの「垣根」の外に出たいと思っていた。
    自分が知らない外の世界。戦争で焼かれた世界を見てみたい。もう、見飽きた。
    「俺はいつ本当の世界を知れる・・・。こんな壁の世界じゃなくて、本当の
    自然、本当の風・・・。そして本当の自分。教えてくれよ、ラスゲージ」
    レントは手に握っていたデータキーに語りかけたが、当然返事は返らない。
    ただ、少し入った夕日の光がデータキーに反射し、答えたようには感じた。

    一週間の自宅謹慎は思ったより長く、退屈だった。やることもないし話し相手もいない。
    たまにサレンから学校の様子や授業のプリントが手渡されるくらいで、それ以外は何もなかった。
    レントはプリントをしながら今回の決定の不自然さをもう一度考え直していた。
    終身刑が最低レベルであるほどの国家機密に触れてはいるのに、何故自宅謹慎という軽すぎる決定だったのか。
    何か裏があるのは分かっている。だがそれがどういうものか。レントはその理解に苦しんだ。
    (どういう結果なんだ?試作機は大事にしたい気持ちは分からなくはないけど……俺はともかくとして)
    様々な思考が頭を駆け巡り、自分で自分を混乱させる結果にしか行き着かない。それの繰り返しだった。
    そうしてレントはこの一週間を悩みながら過ごしていた。

    久々に学校に行ったレントを待ち受けていたのは、男子の妙な視線だった。まるで何か潤いが駆けていた様な目が
    レントを見るなりさっとその潤いを取り戻したのだ。レントは首を傾げながら席へついた。
    「ムカイ、一週間もいなかったから寂しかったよ」
    「やっぱりこの美しさは久々に見てもすごいよなぁ」
    ああ、そういう視線だったの……、とレントは気付いた。確か自分はそんな感じの見た目だったなと。
    レントは内心呆れながらも少し嬉しかった。自分を気にかけてくれる人とていたというからだ。
    「生きていたのか。まったく運のいいやつだよ」
    ジェイドは会話に突然割り込んでそういった。皮肉であることには違いないが、どうにもレントには快くなかった。
    レントにはジェイドの言う事があまり気に入らない。だが何故かは分からない。
    「お生憎。幸運というかそういうのが味方をしてくれたのさ」
    「よく言うな。俺にはその幸運も、一種の作為じゃないかと勘繰ってしまうよ」
    皮肉の言い合いにしては野次馬が集っていた。
    サレンは止めにかかったが野次馬が多くてレントに近づけない。
    「あなた達ね!朝からそんなつまんない言い合いしないでよ。馬鹿らしい」
    そういう矢先に先生が入ってきて止められてしまった。
    他の生徒は少しブーイングを言っている。もっと見たいという好色者の心だ。

    「今日は学校の外に出て野外演習だ。MWの基本は掴めていると思うから、それに従って行うこと。いいね?」
    大半が分かったようなふりをして返事をした。早めに終わらせたい気持ちは分からなくもない。
    何しろMWの本物を動かすのは今回が初めてだ。
    以前から基本動作訓練やカタパルトのGに耐える訓練は何度か行っている。
    しかし、本格的な実戦訓練は初めてだった。
    レントも帰ってきて早々にこれか。と少し緊張はしていた。同時にあるチャンスだと考えていた。
    それは、この巨大な「垣根」の外に出るチャンスだ、と。

    今回の演習はこの「垣根」の外にある軍の演習場で行われる。
    演習場といっても廃墟郡を利用しただけのただの荒野でしかない。
    だが演習や模擬戦を行うには最適な場所であり、軍はその土地を国から買って使っている。
    当然軍の管轄化に入るこの学校にも使用する権利は認められており、MWの演習はここで行う事になっている。
    レントはこの「垣根」の外の世界を謹慎中考えていた。自分が何故軽い処分で済まされたのか。
    それにはきっと自分を縛っている何かがある。でも今は分からない。
    しかし「垣根」の外にはその手がかりがあるかもしれない。
    今はそうレントは考えていた。「垣根」の向こうの情景の事はまだ‐知らない。

    「垣根」の外までは地下にある路線を使う。当然この路線はだれしも利用できるものではない。
    以前ノイオルグが言った「特権階級」、つまり軍人やMW関係者程度しか利用できない特別な路線だ。
    通常の路線は現在運営が停止されている。利用価値が無くなったというのが国の公な発表だが、
    実際は「垣根」を恐れた人間が国から脱走する事件が一時期増えた事から、これを懸念して運行停止となった。
    それ故レントはこの地下鉄道の存在には驚いた。運行停止されたはずのものがあるというのだから。
    (特権階級って大袈裟なんだよ。俺達だけ垣根の外に出たって……MWしか動かさないじゃないの)
    出たいものが出れない。レントは国が仕掛けた理不尽に気付き始めていた。
    しかしそんな熱の心を冷ますように、地下の壁というのは意外に冷たく見えた。

    軍のMW演習場にはただ岩と廃墟しかなかった。荒野には風が吹き肌をすり抜ける。レントは唖然とした。
    「こんな場所で本当に演習なんかできるんですか……?」
    まあ分かるとノイオルグは言った。廃墟の中には扉があり、その中には階段があった。
    下っていくとまるでSF映画のような基地があった。こういうことだったか、とレントは思った。
    「でも先生、MWはどこにあるんですか?ここで管理していると聞いてますが」
    サレンは全員が思っているであろう質問をした。確か今日MWの受領をやると聞いている。
    しかしそのMWの姿はどこにも見えず、果ては前方のモニターにも映っていない。
    「言うとは思っていたさ。こっちだ。案内する」
    ノイオルグは更に下へ階段を下っていった。

    階段を下ると整備ドックに出た。機械音が唸り火花が散る空間がそこにはあった。
    「久しぶりだなネスト。士官学校以来か?」
    「なんだいノイオルグ早かったじゃないかい。ガキ共のお守りも大変だろうに」
    そこには整備服姿の女がいた。ブロンドの髪が肩まで伸び、襟は開いている。ネストという女は
    言動からも分かるが勝気な女だろう。
    「言うな。国に言わせたら大事な人材だ。で、MWは組めたんだろうな?データは前に送ってあるが」
    「誰だと思ってんのさ。とっくに出来てるよ。微調整も済んでる」
    MWは既に出来ているらしい。データを送ったのは数日前だが、こうも短期間で出来てしまうものだとは。
    「さ、ついて来な。自分のMWぐらいはわかんだろうね」
    ネストは生徒をMWの場所まで案内しそう言った。分からないほど自分らも馬鹿ではない、とレントは思った。
    「おっと、アンタはこっちだよ不思議君。国家機密レベルの機体っての持ってんのはアンタだろ?」
    ネストはレントの襟を引っ張って強引に連れて行った。不思議君と呼ぶのはきっと「これ」に関する一連の事柄からだろう。
    「不思議君って・・・ちゃんと名前で呼んではくれないですねえ……」
    「グチグチ言うんじゃないよ。さてと、ラスゲージってのは結構ややこしい機体だったよ。乗れるのかい?」
    レントは思った。自分は甘く見られている。いくら子供という見方をされていてもさすがに腹は立つ。
    このネストという女がいかに詳しくても、操る時のスペックというのはカタログスペックとはえらく変わってくる。
    訓練では乗れていた。特にややこしいという事もなかった。この機体は自分のための機体であるから。レントはそう考えていた
    「大丈夫!レーザーブレードの制限時間さえきちんと守れば、後は何とかなりますよ!」
    「へえ・・・大口叩いてくれるじゃないか。気に入ったよ。そいじゃ、いっぺん見せてもらおうかね。起動させるよ!」
    ネストが機体のシステムを起動させると、ラスゲージのカメラアイが光り、気がつけばレントを見下ろしていた。
    その純白の機体はライトの光を浴び、柔かい白い光を放っていた。

  • Ep.3


    整備ドックに立つMWの姿は、初めて見る者を驚嘆させる。

    何しろ、MWの存在自体は国が何度もプロバガンダで流しているし、そして何より憧れていた存在でもあったからだ。

    その姿は人を模っている。だが人の何倍も大きく、姿も一つ一つ違う。
    それこそがこのMWに人が惹かれる訳である。個々に別々の形を持つ。

    それはつまり個々の戦い方を表現しているからだ。
    視覚的に分かる事ほど面白いものはない。

    人は目を一番よく使って物を決める性分なのである意味一番性に合う。
    レントは「ラスゲージ」に見下されながらそう考えていた。かくいう自分もそうだからだ。

    MWは機体を見ただけで大体の手の内が読める。問題はその読まれた手の内から何をどう発展させるか。

    レントは今日の演習の中でそれを知りたいと考えた。

    そのためにはまず、この「ラスゲージ」をものにすることから始める。そう決めていた。
    (白い鋼兵ラスゲージ。お前は一体何者なんだ。今日、そいつを見せてもらうよ)
    レントはコックピットのなかでそう思った。そして少し眼を瞑り静かに息を吸った。
    コックピットの感覚慣れはしているものの、やはり「実物」に乗ると雰囲気や空気の重さもまた変わってくる。
    その変化に慣れなければ命取りともなる。レントの「感覚」はそう思考と体を動かした。
    (重い・・・。重圧と狭さが一緒に来てる。この感覚を少しでも和らげないと)
    レントは深呼吸をすると同時に、体の血液の流れを感じた。空気の重さに耐えようとする体が血を流している。
    その流れが筋肉の緊張を解し、重さを和らげるのをレントは分かった。体は常に環境に適応したがるのだ。
    (適応というもの?こういう流れをしているのか。これなら・・・)

    「さっきから瞑想なんかしやがって。大口叩いた割にはえらく繊細じゃないか」
    ネストが外から突っかかってくる。どうもレントの態度が少し気に入らないと見える。
    「感覚慣れですよ。おたくらだってしないわけじゃないでしょ?でないと気が散りますからね」
    「へえ・・・感覚かい。そんなもんでこんなじゃじゃ馬が操れんのかい。大したもんだ」
    皮肉だけは得意だね。とそんな顔でネストがこちらに笑みを溢してくる。レントは少しおかしく感じた。
    「何を妬いてんです。女が男の言うことに妬きもちするもんじゃありませんて。で、いつまで待機なんです?」
    「誰が何に妬いたってのさ、馬鹿。ああ、後5分ぐらい待てってさ」
    こんな珍妙な会話がレントは少し感慨深かった。今まで自分の皮肉はあまり続かなかった。だがネストは違う。
    勝気な性格というか負けず嫌いというか、自分も皮肉を返す。レントはそれが何より心に残った。
    表に出しはしないが自分を思っていてくれる。レントはそれを感じる事が出来たのだ。
    「いいかい、ハッチ閉じるよ。頑張ってきな、不思議君」
    ネストがハッチを閉じようとすると、レントは止めていた。感覚的にそうさせられたのだ。
    ネストは少し妙に思いながらもハッチを閉じなかった。自分も感覚的なものだった。
    「あの・・・ありがとうございました」
    「それだけかい。全く変わったお人だよ。じゃ、何かあったら通信繋いでくれよ。まあないはずだけどな」
    ネストの自信に満ちた返事の後ハッチが閉じられ、コックピットを闇が包んだ。その中で
    レントは自分の言葉を疑った。何故、今この言葉が浮かんだのか。それだけの物言いがしたかったために?
    確かMWの中で人は徐々に変わるというのを授業の内で聞いた事がある。まさか今のが。いや、違う。
    変わるといっても性格が変わったり人柄が変わるのではなく、戦いを追い求めたりするだけになるとか、
    トラウマを背負って精神が崩壊するなどの精神的な症状の話と聞いた。では、今の自分は一体何者なのか。
    何故ただ礼を言うためだけにハッチを閉めるなと言えたのか。確かに自分は思春期という時期にいる。
    変わりやすい心だといわれる事もある。その変わりやすい心だというのだろうか。

    ただ、今の感覚はどちらかというと子供のような感覚だった。ただ礼が言いたいだけという理由だけ。

    単純な理由は子供のやる事に似ている。
    (なんか変なんだけどさあ……もやもやするのよねえ。何でだろ、これ?)
    暗闇に閉ざされたコックピットはそのレントの疑問に光は射さない。

    「いいか。これが初めてのMWの本格的な操縦となる。基本を思い出し、決して油断するな。それでは、全員搭乗!」
    ノイオルグの声が基地内に響く。レントはコックピットのスイッチを入れた。システムはアイドリング状態にあったらしく
    スイッチを入れると同時に全てのパネルにデータが浮かび上がった。
    「メインエンジンクリア。環境設定、重力レベル指定数値のプラス1.5へ移行。ジェネレータ正常に稼動。よし!」
    レントは機体の状態を確認すると共に「ラスゲージ」のメインカメラを起動させる。コックピットの前面のモニターに
    整備ドックが映し出される。同時に「眼」に当たるサブカメラが光り、「ラスゲージ」は遂にその生を受けた。
    「今回はペイント弾を使う。10発の被弾が確認されれば直ちに離脱し、ここまで帰って来い。尚いつダブラーの襲撃を
    受けるかもしれない。近辺に軍の機体をパトロールさせているが、気は抜くな!以上。全員の健闘を祈る」
    ノイオルグからの通信が終わった後、レントは「ダブラー」という言葉が気になった。
    確かMWを不法に改造し密売する者や、改造する者の総称だったと聞く。
    まさか、「垣根」の外に。レントは多少気に掛ける様にはしておいた。

    「ふん、あの教官め。怖がらせる事だけは一流なのだな。聞いて呆れる、ダブラーなどと・・・」
    同じ頃、ジェイドもコックピットで放送を聞いていた。ただどうにも鼻で笑っているような感だった。
    ジェイドの機体「メスゲージ」は、レントの「ラスゲージ」同様近接戦闘に対応した機体だが、その印象は正反対だ。
    レントの機体色は白が中心だが、ジェイドの機体は黒を基調としていてどこか禍々しい。
    その黒い巨人は黒いバイザーの内の眼を輝かせ、マニピュレータを握りテストをした。
    「関節駆動異常無し。アクチュエータ正常に稼働。いつでも出れる。カタパルトへ!」
    ジェイドは機体を動かし、カタパルトの上へ機体を運んだ。
    「さて・・・新型の性能とやら、早く見せてもらいたいものだ。不思議君・・・」
    ジェイドはそう不敵な笑みを浮かべ、レントの「ラスゲージ」を見つめた。
    その紅い瞳は一体誰を見ているのだろうか。

    カタパルトは戦闘機などを発進させる装置のことだ。
    かつては蒸気式のカタパルトが用いられていた。しかし、
    現在は電力の高効率化が図られ電磁式のカタパルトが主流となっている。
    この基地のカタパルトは、出撃ゲート自体に設備されている。
    岩山の岸壁が開き、そこにカタパルトが現れる。MWをこの上に乗せて射出するのだ。
    レントは最終チェックをして「ラスゲージ」をカタパルトに固定した。そしてもう一度深呼吸をするのだった。
    射出の際にかかるGは相当なもので、下手をすれば気絶する可能性もある。
    その前に先程行った「感覚慣れ」をもう一度行う。
    レントは緊張しながら操縦桿を握り締め、決意を固めた。
    (ネストさん……俺はアンタにちゃんと名前呼ばれるまではくたばれないよ。

     だからちゃんと帰るつもりさ)
    「レント!何ボーッとしてんのよ!もうすぐ発進ですって!場所は違うけど、お互い頑張りましょうね。じゃ、お先!」
    サレンはもうMWには慣れたのだろうか。えらく元気溌剌としている。

    まああれがサレンの性格と考えればおかしくもない。
    「サレローヌ・ヴァレッツ、イリスゲージ、行きます!」
    ふと横を見るとサレンの機体が打ち出された。女性らしいラインに落ち着いているのがわかる。
    「聞こえているか。お前と俺は同じフィールドだ。国が免罪させてまで守りたかったその機体の性能、見せてもらうぞ。」
    「野郎・・・嫌味言いやがって!おっと、やっきになっちゃいけないな……」
    ジェイドは明らかに自分を挑発している。感情的にさせて自分を見失わせようとしていること位は分かる。
    (おい!早く出ろ!後ろつっかえてるぞ!)
    オペレーターの声にどやされ、レントは出撃準備を整えた。そして機体を少し屈ませ、射出体制をとる。
    「よし、頼むぞラスゲージ。あいつの機体性能は大体見て分かるさ。俺とお前でやってやろうぜ!
    レント・ムカイ、ラスゲージ、出ます!」
    そういうといきなり強烈なGが掛かり、体が後ろへ大きく逸らされる。だがレントはこらえていた。
    すると目の前に太陽の光が見えた。そして荒野が広がっている。
    レントは衝撃を受けた。「垣根」の外はこういうものか、と。
    「これが・・・「外側」の世界か」
    レントとラスゲージ。見据える先は、ただ蒼い空と茶色い大地だった。

  • Ep.4

    カタパルトから射出された〈ラスゲージ〉は暫く宙を飛んでいた。指定されたエリアDまではあと少しほどかかる。
    レントはその間にエリア内に飛ばされた機体をレーダーで捕らえ、その相対距離を読み取っていた。
    距離が近いほど有利だというのは誰でも分かる。
    特にレントの機体は近接戦闘向けの機体なのでなおさらのことだった。
    レーダーに映っている機体は3機。その内一機はジェイドのものだ。油断はならない。そうレントは思った。

    指定エリアDに到着したレント達はペイント弾を装填し、臨戦態勢へと準備を整えた。
    (さて・・・敵はどう出てくる……?)
    レントはレーダーに映っているシグナルを頼りに敵機の方へ近づく。敵機の動きは判りやすいものだった。
    戦闘に慣れていないものの動きだとレントは感じた。
    さすがに不慣れな者を襲うのには良心が反対するが、それが戦いだと教えてやらねばならない。
    レントはその敵機の方向へスラスターで加速をかけた。
    「て、敵だ!おい、早く撃てって!」
    「わ、わかってるけど・・・、おい、前!」
    向こうのパイロットが慌てているとレントは機体の動き方から判った。
    銃を構える反応が遅く、構えた時には既に前に
    回り込まれているのだ。レントはそれでも容赦なく機体のトリガーを引いた。
    「ごめんよ、アンタら遅すぎる!」
    すぐに敵機には10発のペイント弾が命中し、肩は様々な色が混ざり合ってもとの色を掻き消している。
    レントには一発の被弾もその時にはなかった。敵が撃ってくる前には既に全弾命中させていたからだ。
    「ま、最初はこんなもんかな。おっと、もう一人いたっけ・・・」
    もう一機はレントに恐れを成したのか、早々に別エリアへの撤退を始めていた。レントは拍子抜けだった。
    これだけで撤退させられるとは。そういえばあれの「ライダー」は訓練をまともに受けていない連中だったような。
    レントはそれを今思い出した。と同時に可笑しさゆえに顔を歪ませ笑っていた。
    「ああいうことをすると実戦で後悔するのよね。授業はちゃんと聞いとけって……」

    同時にもう一つレントは重要な事を思い出した。
    このエリアにはジェイドがいる。自分と互角かそれ以上の腕を持つ男だ。
    今人を笑っている場合ではない。自分がジェイドの手に掛かるかもしれないのだ。
    レントはもう一度レーダーを確認した。
    しかし、レーダーはなぜか乱れていた。
    この乱れ方はセンサー機器の故障ではなく、明らかに電波干渉を受けている。
    「ジェイドだ・・・。やつの機体にはジャミング機能がついているのか!?まずい、近くにいる!」
    レントが気付いた刹那、ジェイドの駆る黒い機体は背後に迫っていた。
    レーダーが一時的な回復を見せたのは、レントの機体が被弾した後だった。
    パネルに被弾箇所を示すサインが現れる。
    レントはもう一度意識を戦いに戻した。
    「フン・・・俺の機体の特徴には気付いたようだな。
    さっきこのエリアから逃げようとした臆病者はこれに気付く前に墜ちたよ」
    「やったのか・・・。ジェイド、お前の機体は卑怯じゃないのか?ジャミングをするなど・・・」
    「卑怯もラッキョウもあるものか。無駄口を叩く気はない。一気に討たせて貰う!」
    レントは機体越しからでもジェイドの殺気を読み取れた。ヤツは本気なのだと。
    その殺気は機体の色に現れ、深く無限にある。
    ジェイドは操縦桿を引き、機体を加速させる。
    そして放たれたペイント弾は更に速さを増し、〈ラスゲージ〉へ向かってくる。
    「チッ!やってくれてぇ!」
    レントは機体を反応させようと思ったが、どう動いても間に合うはずではなかった。だが、〈ラスゲージ〉は動いた。
    レントが動けと望んだその時に、この機体は動いてくれていたのだ。
    「まさか・・・あの神経みたいなコードが?この機体を動かしてくれたのか・・・。これなら!」
    自分でさえも判らなかった性能がこの機体には未だに存在する。それが自分に引き出せるのかどうか。
    レントはこのジェイドとの戦いをそれに使おうと思えた。
    被弾箇所は現在2箇所。後8発当てられる前に使いこなす。
    それがレントを動かした。当然ジェイドもその思惟を感じ取ってはいた。
    「フン。動けているのか、あの機体。だが自分が知らないスペックをどう動かそうが!」
    レントとジェイドは互いに譲らずに機体を捌いていた。果たして、敗者となるのは。

    「高熱源体接近中。識別コード不明。友軍機の反応ではありません」
    その頃、演習場地下の基地のレーダーはこの「垣根」の外から近づく反応をキャッチしていた。
    パルス信号からして明らかにMWだということは分かっている。問題はこのMWが友軍機ではないという事だ。
    もし友軍機でない場合は他の国家のものという可能性がある。だがしかし機影は一機だけだ。
    おまけにもし他国の領地に進入する場合は何らかの連絡が入るはずだ。
    今はそういう規定になっている。だが問題はこれだけではなかった。
    「ボギー(未確認機)の進行速度はゲージの規定範囲を大きく超えています!ダブラーです!」
    ダブラー。MW犯罪者とその機体の総称。MWを強奪、密輸し、不法に改造する者達をいう。
    MWには大会での運用を考慮しリミッターが設けられている。
    あまりにも偏ったスペック値は運営上不公平であるし、何より危険である。
    そのため、過剰な出力を抑えるべくリミッターが新規に増設された。
    だがダブラーはそれらのリミッターを解除し、規格外のスペックを持たせることによって犯罪を行う。
    その例はタンカー襲撃、銀行破壊など多岐にわたる。
    これが世界的な問題になっているにも拘らず、各国の政府は軍備を増強しない。
    それどころか、その資産全てを大会に注ぎ込んでいる。
    何故なら、金が掛かるから。である。
    結果ダブラー事件は終息せず、現在も度々起こっている。

    「何!ダブラーだと!?どのエリアへ向かっている?」
    ノイオルグはその突然の自体を驚愕した。予測は一応していたが本当に現れるとは。
    ダブラーがもし生徒のいるエリアに侵入すれば生徒は太刀打ちできない。
    ノイオルグはそれを憂慮し、直ちに訓練を終了させる事にした。
    「訓練中止!ダブラーが近づいている。直ちに帰還せよ。繰り返す、直ちに帰還せよ!」
    ノイオルグが指示を出すと、レーダーの生徒の機体が一斉にこちらへ戻ってきた。
    実直なのは今のうちだけだという事だ。
    「このままいくとエリアDへ侵入されます!エリアDにはまだ交戦中の機体が2機残っています。どうします?」
    エリアDで交戦している2機‐レントとジェイドである。どうやら彼等には通信を聞くほど余裕がないらしい。
    「ええい!エリアD方面に〈ペデス〉を向かわせろ!退避まで何とか時間稼ぎをさせるんだ!」
    「駄目です、エリアDの近くには一機もいません!離れすぎています!」
    〈ペデス〉はどうにもそのエリアの近くにはいないらしい。ノイオルグは焦った。いくら実力があるといっても
    ダブラーとの戦いはマニュアル通りの戦術が通用しない。
    今の彼らで太刀打ちできない事はよくわかっていた。
    「何ならあいつらにダブラーをやらせりゃいいのさ」
    ネストがいきなり口を割ってきた。ノイオルグはそれは軽率な判断だと指摘した。だがネストには通じない。
    「レントの奴は大口叩いて出て行ったんだ。ダブラーの一機や二機難なく落として見せるもんさ」
    ノイオルグはもどかしかった。自分は一教師として生徒を見過ごすわけには行かない。
    しかし軍人としてみれば、援軍到着までの対応という、ネストの言っていることは正しかった。
    教師としての立場と、軍人としての間で迷いに迷い、結局ノイオルグはそれを承認した。
    「わかった。ただし、時間稼ぎだ。こちらの機体が到着し次第引き上げさせる。いいな?」
    「大丈夫だよ、あの不思議君はさ。おまけに軍の最新兵器も積んでるんだ。
     なんだい、教師になってからやけに怖がりになったね」
    「言うな。性ってもんだ。〈ラスゲージ〉と〈メスゲージ〉に回線を繋いでくれ!」
    ネストは気丈に振舞いながらも、内心心配している事はあえて口にはせずに部屋を出て行った。

    「クッ!レントのやつ・・・俺に後1発というところまで追い込むとは!」
    「さすがジェイドだな・・・次撃たれたら撃墜じゃねえか!ま、お互い様だけどな!」
    レントとジェイドはあれから一進一退の攻防を繰り広げていた。どちらも譲らず、お互い後一歩というところまで追い込んでいたのだ。
    「あの後、お前のジャミング機能は単純にレーダーを狂わせるだけで、熱紋センサーは使えるって分かったのよ!」
    ジェイドの機体〈メスゲージ〉に搭載されているレーダー撹乱装置は、自機の周辺半径3kmにレーダー撹乱用の特殊電磁波を放出し、敵機のレーダーを狂わせるものだった。
    しかし有効なのはレーダーのみで、その他のセンサー類には影響を及ぼさない。
    レントは戦いの中でそれを見抜き、熱紋センサーに変更。9発被弾させられた後、一気に巻き返した。
    「さすがだな・・・素人の言う台詞じゃないよ。だが、終わらせる!」
    「どっちが!終わりにするのは俺の方だ!・・・ん、ちょっと待った。通信だ。いい所でなんだよ!」
    「なんだと言うのだ・・・俺とこいつの戦いを邪魔するほどの話など・・・!」
    決着を着ける寸前だった。お互いが銃口を向け合った瞬間に通信が入ってきたのだ。
    これにはジェイドも拍子抜けであった。水入らずの勝負を邪魔されたのだから。
    「えっ・・・ダブラー!?このエリアに接近中?可能な限り応戦されたし。救援はなるべく早く回すからそのつもりで!?」
    「ええい!ダブラーだと!レーダーは?・・・マズイな。どうやら事実らしい。熱紋センサーで見つかるか?」
    「ああ・・・距離7800!近いな。それもかなり早い!」
    切迫した状況に二人は身を置かれた。ダブラーは刻一刻と近づいてくる。もはや今は戦闘をしている
    場合ではないとお互いに悟った。
    「レント、一時休戦だ。この状況を何とかしない限りは決着は着けられん!」
    「わかってるよ!レーザーブレードのセーフティー(安全装置)は外した!いつでもいける!」
    果たして、その迫るダブラーというのは、何か。

  • Ep.5

    ダブラーの機体はかなりの速度でこちらに向かっているのはレーダーで判っていた。
    ダブラーを示すポイントが馬鹿にならない速度で自分達へ近づいている。
    ダブラーのスペックはゲージの比にもならないという話は授業で延々と聞かされていたわけだが、
    まさかこれほどだとは、レントもジェイドも思ってはいなかった。
    「早いな・・・。後少しで肉眼で視認できる距離だぞ。油断はしていないな?」
    「するわけねえだろ。さて、敵は一体どういう機体なんだか。あんなに早いってことは装甲削ってんのかな?」
    「さあな。ひょっとしたら案外鈍重な見た目かも知れんぞ。今までそんな例があったからな」
    レントとジェイドは互いに向こうの機体がどういうものか予想しあっていた。
    しかし予想が難しいのがダブラーというものだ。
    何故なら、リミッターを解除した事により出力やスラスターの推力も向上しているため、
    鈍重な機体でありながら高機動戦闘用にチューンされたり、逆に軽量な機体が大火力の武装を搭載しても
    機動力が低下しないなどというようなある意味「常識破り」のスペックを持つようになるからだ。
    無論、ゲージにはリミッター制限があるのでタイプは決まってしまう。
    そういう意味でもダブラーという存在は非常に厄介なのだ。
    レントはそこからジェイドの推測が一番妥当ではないかと思った。

    「もし装甲が厚い奴ならお前の剣じゃ切れないかも知れんぞ。その時は俺に任せろよ」
    「よくいう・・・。レーザーブレードとてどうかもわからんぞ?だからダブラーは嫌いだ。うまくいかせてくれんからな」
    「大丈夫さ。こいつはテストで厚さ20cmのチタン合金切れたんだぜ?俺が切り込むから、サポート頼んだぜ」
    「フン・・・、お喋りは終わりだ、来たぞ!」
    互いに気を紛らわせる冗談を言い合った後、ダブラーは遂に戦闘レンジへ入ってきた。その速度はやはり速い。
    レントはダブラーの姿を見た。それはジェイドの言うように鈍重な外見であり、西洋の甲冑を思わせる。
    しかしながらその速度は自分の〈ラスゲージ〉よりも圧倒的に速かった。レントは少し恐怖を覚え始めていた。
    あんなものが自分の機体よりも速い。それでいて堅牢な装甲をしている。
    矛盾という言葉が相応しい機体であるのは確かだ。
    その矛盾の塊がこちらに向かっている。戦闘レンジであるからいつでも戦おうと思えば戦える。
    レントは今一度操縦桿を握った。
    ジェイドも同じ覚悟だった。いくら腕に自身があるとはいえ、正体不明の矛盾の塊と戦うわけなのだから。
    規格外の性能を持った敵に規格の範囲内でギリギリまで持たせる。ジェイドはそれを念頭に置いた。
    そして、遂にダブラーがこちらに気付いた。その禍々しい瞳は、糧となる二人を嘲っていた。

    敵の威圧感は予想以上のものだった。さっきまでの覚悟を一瞬忘れさせるほどだ。
    それほどまでの殺気を機体越しに感じられたのだ。
    「あれが・・・ダブラーか・・・。そうだ、戦う前から逃げ腰になってどうするんだよ!行くぞ!」
    レントは〈ラスゲージ〉を身構えさせた。戦う前に逃げれば死ぬ。そんなことは頭で分かっている。だからこそ戦うのだ。
    「実弾モードへ切り換えろ!少しの手間だぞ、敵の動きに充分注意しろ!俺が見張ってやる!」
    「わかってるよ!切り換え完了!射程圏内まで充分引き付けてからだ。わざわざ出て行って死ぬ馬鹿じゃないよ」
    レントは敵の動きを充分に見計らっていた。こちらから出て行くと返り討ちにあうことも十分に予測できる。
    レントもジェイドもそれぐらいは頭で分かっていた。
    そして敵が射程圏内へ入ったのを確認したレントは、操縦桿のトリガーを引いた。
    〈ラスゲージ〉がレントの操縦桿を介してトリガーを引くと、数発の鉄の塊がダブラーへ向かっていった。
    ダブラーは先程から直進しかしておらず、鉄の塊に気付いてもいない様子に見えた。
    そして尚も向かってくる。
    それらはダブラーの体へと向い、ダブラーはそれをかわすことさえしなかった。
    何を考えているのか。
    当然命中し、ダブラーの周囲に噴煙が立ち上った。その姿は今は見えない。
    「やったのか・・・?敵は何故避けなかった?まさかよけられなかったりして・・・」
    「さあな。だが油断は出来ないぞ。反応はまだ生きてる」
    レントとジェイドは少しばかり安堵していた。一応てごたえはあったのだから。
    しかしレーダーからは未だにダブラーの反応がある。
    刹那、一瞬噴煙の中から光が反射したように見えたかと思うと、ダブラーの斧が‐レントの目の前に‐

    その少し前、地下の基地ではこのダブラーをモニターしていた。
    レントとジェイドのことも気になるが、それよりも敵がどのような動きをしたかというデータを取っておく事が目的だった。
    その結果、ダブラーのタイプまでは暫定的に判明した。
    「少尉、あの動き方から敵のタイプは〈エルボゥド〉と判明しました。
     このような改造例は過去何件か記録に残っていますから」
    「そうか。だが何度現れているといっても、我々の脅威である事に変わりはないのだ。〈ペデス〉部隊は後どれぐらいだ?」
    「現在エリアFを南下中。それでも後15分は・・・」
    切迫した状況である事はノイオルグ自体分かっていた。
    後15分彼等で持つだろうか。さすがに撤退させた方がよかったか。
    そんな葛藤を繰り返していると、サレンが息を切らして駆け込んできた。レントを心配しているのはすぐに分かった。
    サレンは帰還してすぐにレントの機体がないことに気が付いて暫く待っていたが、
    それでも帰ってこなかったのでノイオルグに状況を聞きに来たのだった。
    その顔には焦りと不安の入り混じった思いがあるのがわかった。
    「先生、レントは無事なんですよね?というより何があったんですか?何もなかったらこんなことしないでしょう!?」
    「説明はしようと思っていた。全員が落ち着いた後でな。だからもう少し待ってくれんか」
    しかしサレンは首を横に振る。
    もう我慢できない。さすがにこうも隠されると誰でも不安になったり憤りを感じる。
    ノイオルグはそのサレンの表情に根気負けしそうになった。
    だがさすがに軍人であるから状況を個人に話すわけには行かない。
    「サレン、向こうで待ってろ。状況が掴め次第連絡する。さ、速く行け」
    しかしサレンの思いは変わらず、そのノイオルグの態度から向こうは嘘をついているとサレンは思えた。
    「もう状況は大体分かってるんでしょ?レントは今どうなってるんですか!答えてください!」
    これにはさすがにノイオルグも根気負けしてしまった。
    サレンの心は鬱憤を全て出し切ったかのように清々しい感覚を得た。

    「よく聞けサレン。今この演習場にはダブラーが侵入している。レント達には今時間稼ぎをしてもらっているところだ」
    時間稼ぎ。サレンはその言葉が少し危険に思えた。
    つまり援護も何も来ない状況にいる。撃墜されることも‐。
    「そんなの・・・あんまりじゃないんですか!?もしレントとジェイドが死んだら軍は責任取れるんですか?」
    「その為の援護だ。なるべく迅速に動くようには指示している。だが後10分は掛かるだろう」
    無責任だ。サレンはそう思った。
    軍はレント達など何とも思っていない。では何故あの時レントを生かしたか。
    サレンは大きな矛盾を感じていた。
    するとモニターの方でどよめきが起こった。サレンはふと目をやった。
    するとそこには、ダブラーの斧を止めた白い機体と剣を振り下ろした黒い機体があった。

    レントはあの一瞬、死を直感した。目の前に斧は迫っている。
    ジェイドでもこれには間に合わない。
    だが眼を開けるとそこにはダブラーの斧が〈ラスゲージ〉の手によって止められていた。
    まさか、さっきのように「考えたから動いた」のだろうか。
    レントは目の前の現実が今でも信じられなかったが、
    すぐに意識を戦いに戻して、目付きを変えた。敵を倒そうという目付きに。
    「あぶなかったぜ・・・。ジェイド、お前の剣でいけそうか?こいつは重装甲だぞ?」
    「駄目だ。分厚すぎて剣が通りさえしない。レント、レーザーブレードで仕留めろ!何、時間稼ぎはしてやるさ」
    ジェイドの不敵な笑みにレントは確信を得た。そして、音声認識によるロックを立ち上げた。
    レーザーブレードは威力があまりにも強力であるため、
    通常のセーフティの他持ち主の音声によるロックが施されている。
    つまり、この機体の真価はレントにしか発揮できないのだ。
    「さて、さっきの調子で頼むぜラスゲージ!音声認識!レーザーブレード!!」
    レントがその名を発すると、機械音声が「LAZER BLADE」と発し、
    〈ラスゲージ〉の腰のマウントラッチから剣の柄が外される。
    そして〈ラスゲージ〉が刀身部分を撫でるようにすると、レーザーによる光の剣が現れた。
    これがレーザーブレードである。
    同時にコックピットのモニターにもタイマーが現れる。
    これはレーザーブレードの使用限界を表すタイマーで、約3分と表記されている。
    それ以上は機体を通常稼働させるエネルギーが使用できなくなるからである。
    「サブジェネレーターつけてこれかよ。馬鹿に食うなあ・・・。だが、その分強いって事だよな!
     ジェイド、3分だ!それ以上は持たない!」
    「わかっている!こちらで動きを止める。その隙に仕留めろ。1分半で肩を付けるぞ!」
    レントとジェイドはお互いに眼を合わせ、覚悟を決めた。

    ダブラーは依然として向かってくる。ジェイドはこちらに気を反らさせ、敵の動きを止めようとした。
    しかしダブラーは動きを止める気配さえ見せずに斧を振り回す。猪突猛進という言葉が相応しかった。
    残り2分30秒。残量エネルギーの値が1つ減る。
    レントは嫌な緊張感を覚えた。こういう緊張感は嫌いだからだ。
    「おいおい・・・頼むぜ。何か手はあるんだろう?」
    ジェイドはその間に銃弾を換装した。その種類は、模擬線で使うペイント弾だった。
    ジェイドにはある事が分かっていたからである。
    残り2分。レントはダブラーの機影を追いながら、エネルギーを気にしていた。
    そして、ジェイドは突然ダブラーから距離をとり始めた。
    ダブラーはレントの機体には気付いてはいないようだが、一体何をする気なのか。
    こちらには余り時間がないというのに。レントはそう思った。
    そしてダブラーの機体はジェイドの機体に急加速をかけた。
    物凄いスピードでジェイドに接近する。だが、これがジェイドの狙いだった。
    「掛かった!」
    ジェイドはトリガーを引き、〈メスゲージ〉に銃を撃たせた。ペイント弾は敵機のカメラに命中し、動きを止めた。
    すると、先程までとても早かったダブラーが、亀のように鈍重となり、歩くだけになってしまった。
    「どうやら貴様はリミッターを解除する事によって機動力が上がる反面、反応速度が不安定になる事を知らなかった
    ようだな!だからリミッターは外せんのだ。今だ!レント!」
    「おう!さて・・・訓練ごく潰しにした礼はさせてもらうぜ!レーザーブレード、出力最大!いけぇ!」
    〈ラスゲージ〉が振り下ろした青白い閃光がダブラーを切り裂き、その体を真っ二つに捌いた。

    「やったぁ!ジェイド、やったな!俺達勝ったんだぜ!ダブラー相手によぉ!」
    「フン・・・。決着は先延ばしか。だが貴様と機体の性能、悪くない。次が楽しみだよ、不思議君」
    「この野郎・・・おいおい、今更援軍かよ。もうやっつけちゃったよ。お仕事はありませんよっと」
    レントとジェイドは戦いの後気持ちがほぐれたのか、軽く冗談を言い合っていた。
    軍の援軍が来たのはそれから約2分後の事だった。
    基地にいたノイオルグは信じられなかった。まさか倒してしまうとは。そんな気持ちが何より勝っていた。
    だが決して悪い意味での気持ちではなかったらしい。むしろ心地は良いようだ。
    「やっただろ?あの不思議君はさ。大口叩いても文句言えねえな。あれじゃ」
    「国が生かしたくなるのも分かるよ。彼等はいい逸材だ。それも20年に一度くらいのな」
    「そんなにたいそうなもんかい?まあレントの奴が口先だけじゃないことは分かったよ」
    ネストとノイオルグは冗談と皮肉で笑いあっていた。もっともこれが軍での楽しみ方らしい。
    かくして、MWの最初の訓練は、全員がまずまずの戦績で終わりを迎えたのだった。

  • Ep.6

    演習場に「ダブラー」が侵入した事件から既に一週間が過ぎた。
    実戦訓練はあの事件の後当分見送りになり、当分は狭苦しいシミュレーターでの訓練に戻った。
    レントはさすがに閉塞感を覚え、苛立っていた。
    このところ、面白みのある出来事が何もない。
    外にも全く出なくなったし、何よりシミュレーターでの訓練は狭いうえに衝撃吸収剤を積んでいないので骨に響く。
    老人でもないのに腰を痛めそうだ。
    「飽き来るんだよなあ。この所毎回同じような訓練ばっかりだし。たまにはこう、インパクトがある出来事がないと」
    「何を独り言を言ってる。そんな暇があるならもっと訓練に精を出すんだな」
    ノイオルグは相変わらず堅物だ。
    大人というものは何かしら突っ込んでくるというのは昔から知っているが、特にこの男は融通が全くもって利かない。
    詰らない男だとレントは感じていた。
    それでもあの男には全くもって通じていない。

    「おいおい。いつまでそんなしみったれた訓練させてんだよ。もう「外」には行かないのか?」
    「行けない状況だというのはネストも判っているだろう?先週の事件を思い出せ。またあんな事になったらどうする?」
    「先公になった途端に甘くなりやがって。あれぐらいの刺激があったほうがちょうどいいだろうが。
     それにあの不思議君だっているんだしね」
    「お前なあ、生徒をあまり過信するなよ。それと、先公とはなんだ先公とは!もう少し女らしい言い方ないのか」
    ネストが学校にMW整備担当として来てからというもの、ネストとノイオルグの口喧嘩もある種の名物となっていた。
    勝気で奔放な性格のネストと真面目で堅物のノイオルグ。
    正反対な二人は度々意見が衝突し、ひいてはそれが口喧嘩となっている。
    レントはその喧嘩をシミュレーターのマイクで拾って聞くのが好きだった。
    これだけは何度聞いても厭きない。理由が毎回違うので今日はこんな事で揉めたのか、と考えるのが面白い。
    その理由はいつも馬鹿らしい。
    今日のは外で訓練させればどうかという些細な意見からだった。
    「やってるやってる・・・。フフフ、今日もまた荒れそうだぞ・・・!楽しみ楽しみ!」
    「ちょっと、訓練中になにニヤニヤしてんの?自分のスコアの自画自賛?」
    サレンの突然の回線への介入にレントは驚いた。途端に先程まで歪んでいた顔は自然に元の顔に戻った。
    というよりは元に戻らざるを得なかった。
    女性の前でさすがにこんな顔は出来たものではないと、レントの理性が働いたのだ。

    「いや、ネストと教官の口喧嘩が面白くってさ。最近の楽しみがこれ位しかないってくらいに。サレンも聞くか?」
    「いやよそんな悪趣味な。それ位しか楽しみないって、詰まんないわね。どれだけ退屈なの?」
    「仕方ないだろ。最近は授業もみんな同じことしか言わないからな。あ、続き聞きたいから切るぜ」
    サレンが気付いたときには回線は既に遮断されていた。
    それだけしか楽しみがないとは、レントもつくづく暇人なのだなとサレンは思った。
    「レントの馬鹿・・・」

    レントはヘッドセットを付けて外の口喧嘩を聞いていた。それが一応今現在の唯一の楽しみではあるからだ。
    些細な意見から始まった喧嘩はいつの間にかその本題から大きくそれ始めていた。
    「あたしがいつ女らしくない口の利き方をしたってんだ!大体あたしはそういう縛りが昔っから大嫌いなんだよ!」
    「それが女らしくないんだ!言葉が乱暴なんだよお前の話し方は!お淑やかに出来んのかお淑やかに!」
    「これ以上言うとテメエの歯の一、二本欠けさせてそんな事言えなくさせてやろうか!?この石頭!」
    レントはシミュレーターの中で外に聞こえないように大笑いしていた。
    他人のちょっとした罵りあいは何故か面白い。自分がされるのは嫌いだが。
    ただ、ネストとノイオルグの場合はいつもその話題から外れすぎてエスカレートしすぎるのでそこがまた面白い。
    レントはこの笑いを遂に堪え切れなくなってしまい、腹を抱えて大声で笑ってしまった。

    「レント!さては聞いていたな!何が可笑しい!」
    「アハハッ!生徒にもとばっちり食らわせる気かい?レント、アンタやっぱり変わってるねぇ!」
    「ちょっと黙ってろ!レントもそれで笑うな!」
    「教官、笑ってるのは俺だけじゃありませんよ。周りを見てください」
    ノイオルグが見ると、生徒全員が笑っていた。クスクスと笑う者もいれば、レントのようにゲラゲラと笑う物もいる。
    ネストはその様子があまりにも可笑しく思えたのか、自分も大笑いをしだした。
    その声は女性でありながら誰よりも大きかった。
    ノイオルグは、ここにいる全員に笑われている自分が馬鹿らしかったのか。
    それとも釣られたのか、自分も気付けば笑っていた。
    「全く皆馬鹿なんだから・・・。レント、あなたのせいよ。何とかしなさいよこの状況」
    「俺に言うなよ。元はあの二人なんだからさ。さてと、続き続き。気を取られてる間に撃破させてもらうか」
    「調子いいんだから・・・。さてと、私も訓練再開しないと」
    レントとサレンはとりあえず訓練に頭を戻した。
    いつまでも遊んではいられないと思えたからだ。
    この学園にいる間は戦いが自ずと付き纏う。それを乗り越えなければやっていけない。
    だから訓練を受けているわけだ。
    レントは思い出し笑いをしながらも、目の前の敵機をただ打ち倒していくのだった。

    訓練もひと段落つき、今日の授業は終わった。
    訓練がある日はそれだけで3時間分使うので他の授業は殆どない。
    レントは入っている部活も無いので、基本的にはまっすぐ家に帰っている。
    やる事といえばMWのデータを検証するか、ダラダラと寝転がっている程度だ。
    今日もレントはそそくさに荷物をまとめて帰ろうとした。
    「さてと、今日はこの間のレーザーブレードに関してちょっと調べようかな。どうせやることもないし」
    すると、ネストが唐突に教室に入ってきた。偶然通りかかったのだろうか。
    「おいおい暇だねえ不思議君。家帰っても何もやることないなんてさ」
    「あなたには関係ないでしょ。それじゃこれで。一応データの収集っていうやる事はあるんですけどね」
    レントは、関わると何かありそうな予感がして早々に帰りたかった。
    いつも口喧嘩ばかりしている女だ。今回とてまた妙な企みがあるのだろう。
    だがネストはレントの腕を掴んで変えそうとはしない。
    その力は華奢な体つきには似合わず、意外に強かった。整備の仕事をしているからだろうか。
    その痛さにレントは思わず軽い声を上げた。喘ぎ声にも似た声だった。
    「アンタ、そんな声出すんだ。案外可愛いじゃないか。やっぱりアンタじゃないと頼めないねぇ」
    「頼むって・・・俺に何を頼みたいんです?」
    「何、簡単な事さ。女装してノイオルグのやつをからかってやんのさ。アンタは女みたいって言われてんだろう?」
    -唐突過ぎてわけが分からなかった。
    いきなり何を言い出すかと思えば。
    俺が女装?それはあまりにも突拍子過ぎてレントは混乱してしまった。

    「女装って・・・確かに俺は女みたいってよく言われますし、たまに間違えられますけど・・・。何で女装なんか?」
    「あいつは堅物だがどうも女には弱いところがある。
    そこを狙ってやんのさ。男って分かったときのあいつの顔想像するだけでもう・・・やってくれるかい?」
    「どうだ課なあ……。まあ最近退屈してたんで、いっちょやってみますか!」
    レントはネストの誘いを受ける事にした。
    近頃退屈した事もあるし、何よりもその企みが酔狂だったからだ。
    ネストはそれを聞くと、満足そうに整備施設へ戻っていくのだった。

  • Ep.7

    しとしととラサキアの街に雨が降る中、ジェイドは傘も差さずに帰路へ着いていた。
    やる事がないのはジェイドも同じで、家に帰れば特に何もしない。
    故に、ジェイドにとっての暇つぶしは雨に打たれることぐらいだった。
    当然、傘を差さなかったのは朝は雨が降っていなかった事もあるだろうが、ジェイドなら降っていても傘など差さないだろう。
    「・・・小雨だな」
    ジェイドはもう少し強い雨を期待したのか、少し残念そうにつぶやいた。雨はしとしとと優しく降っている。
    ふと、ジェイドは後ろに人の気配を感じた。どうも知りなれた気配だ。敵意は無いと思える。
    だが、ジェイドが気になったのはそんな事ではない。この道一帯は特に建物もなく、住宅地も無い閑静なところだ。
    当然そんなところに人が来るはずもなく、この道を通るのはたまに来る車か、自分ぐらいだ。
    (こんな人通りの無い道を・・・誰だ?)
    ジェイドは少し不思議に思いながら振り向いた。もう暮れ時なので暗くてよくは見えないが、あの特徴的な茶色の髪色で
    誰かははっきりとしてきた。徐々に近づいてくるその気配は、後ろを歩いていたレントのものだった。

    「何の用だ。お前の家はこの道とは反対の方向のはずだ。大して用がなければ早めに帰れ」
    「いや・・・お前がどの辺住んでんのかなって・・・。お前も傘差さないんだな」
    見ると、レントも傘を差していなかった。当然レントも傘は持ってきていないはずだった。
    今日の天気予報は晴れ後曇り時々雨。降水確率20%だった。
    これぐらいならだれも雨が降るとは思わず、傘を持つものは基本いない。
    いるとするなら、それはよほどの心配性だ。
    「貴様は傘を持っているんだろ?折り畳み傘がそこにしまってある。何故差さない?」
    「雨に打たれるのは好きなんだ。大層な変わり者だと思うけどな。傘を差すよりは気分が楽になる」
    「フン・・・。傘とは俺達には邪魔でしかないようだな」
    レントとジェイドはここで自分達が「似ている」とお互いに思っていた。
    MWの操縦にせよ、傘が嫌いなところにせよ、どこか自分達は似たようなところを感じる。
    偶然ではあるのだろうが、それでも少し必然的な部分も感じた。
    「あ、大体場所は分かったからもう帰るよ。付回して悪かったな」
    「出来ればあまり来て欲しくないものだ。後ろを気にして歩かなければならないからな」
    ジェイドの皮肉を受け取ったレントは、少し後味が悪いと感じたものの、そそくさに帰っていった。
    「変わった奴だ・・・。俺もなんだろうが」

    レントは帰る途中に幾つか「壁」を飛び越えたりしていた。
    しかしレントの運動神経はそこまで良いほうではなく、レント自身も自分の脚力に若干驚いていた。
    やがて自分の家が見えてきたのだが、レントはその前にサレンの家に寄ろうと考えていた。
    ネストの「企み」をやろうと思えば、自分には色々と不足しているものがある。
    その最たる例が服装であった。
    自分は男なので女物の服装は持っていない。
    一応母のがあるのだが、母は出張中で勝手に借りられない。
    なのでサレンに一つ借りようとしているのだった。
    しかしサレンが貸してくれる保証もない。それでもレントには他に方法がなかった。
    レントはサレンの家の前に立ち、どう言おうか試行錯誤していた。
    「ストレートに女装するから服貸してくれって言えないよなぁ・・・。どうしよう・・・」
    すると、レントがチャイムを押す前にサレンがドアを開けた。レントの気配に気付いていたのだ。
    レントは慌てて表情を変えたが、サレンはレントに「何かある」とすぐに見抜いていた。


    「何なのよ家の前で右往左往してさ・・・。そんなに話しにくい事?はっきり言いなさいよ」
    「実はな・・・。ネストに女装してくれっていわれて・・・」
    「服を借りたいっていうんでしょ?ねえ、その話詳しく聞かせてよ。何か面白そう!」
    レントはサレンの反応に少し驚いていた。
    引かれるものとばかり思っていたが、よもや興味を示して話まで聞きたがるとは。
    女とはつくづく不思議な生き物だなとレントは改めて思った。
    ネストにせよサレンにせよ、自分の周りの女性は少し変わっている。
    類は友を呼ぶというが、自分はそこまで変わった生き物だろうか。
    レントは少し自問自答しながら、サレンのクローゼットを眺めていた。
    一番左のクローゼットは高い服が入っているから駄目だといわれている。
    尤も一度だけ明けて怒られた過去があるのだが。
    「一応ジェイドにも相談しようと思ったんだけど、話が逸れて言えなかったよ。あいつも女装したらそれなりだと思うけどな」
    「あんな奴が女装なんかOKすると思ってんの?絶対に「断る」で終わるわよ。ネストさんも粋な計らいねぇ・・・」
    「そういう人だよ」
    久々に珍妙な会話をした二人は、懐かしさのようなものを感じていた。
    近頃は忙しさから殆ど話していなかったが、喋ってみると
    こうも暖かいものだっただろうか。レントもサレンも、欠けていた何かが帰ってきたような感覚だった。
    「これでいいかな?不自然なのは避けたいんだけど・・・」
    「いいじゃない!もう女の子そのものって感じで。前世はモデルか何かだったんじゃない?」
    選んだのは、白のニーソックスと茶色のスカート。白いシャツの上から緑のカジュアルジャケットを着ている。


    翌日、レントはいつもどおりの格好で学校へ通っていた。
    さすがに最初から女性の格好をすればクラスメイトの嫌な視線が気になって仕方がないと考えたからだ。
    「仕掛ける」のは放課後なので、服は鞄に畳んで入れてある。
    レントは少し緊張しながら今日を過ごすのだった。

    そして放課後。部活動などで生徒は殆ど教室にいなくなった。
    レントは他人の目を盗むようにひっそりと、しかしそそくさに着替えた。
    サレンは教室の外で待機していた。
    レントが着替えているのもあるが、事前に「ネストが来たら教えてくれ」と頼まれていたのだった。
    「よう。レントの奴いるかい?ちょっと野暮用なんだけどさ」
    「聞きましたよ。今その為に着替え中です。もうじき終わると思いますよ」
    「そうかい。早くして欲しいね。あたしゃあ待つのは嫌いなんだ」
    二人が少し話をしているうちにレントは着替えを済ませ、教室から出てきた。
    いかにも女性にしか見えないが、一応男である。
    「ひゃ~・・・。これほどとはねぇ。アンタ、このままそういう店で働けるんじゃないかい?」
    「変な冗談よしてください。だれがそんな店で働くんです?」
    皮肉とは分かっていたものの、レントは若干恐ろしかった。目が少し本気に見えたからだ。
    「で、何やるかっていうと、今からアイツの前をわざとらしく歩く。それでアイツをこの教室前まで連れてきて種明かしって訳さ」
    「なるほど。じゃ、早速やってみますか。今どこにいます?」
    「知らんよ。とりあえず学校中ウロウロしててくれ。その内引っかかるさ」


    レントは歩き方に気をつけながら校舎内を回った。
    その内、歩き方の所為か足が疲れてきた。さすがに足を寄せて歩くのは男性にとっては疲れてくる。
    「おいおい・・・女っていつもこんな歩き方してんのか?俺にはこんなのは無理だぜ」
    それでもレントはノイオルグを探した。しかし中々見つからない。というよりはいつもそうだ。
    ノイオルグは基本的に肝心な時にはいつもいない。
    なのでいつも探し回らなければならないのだが、この歩き方で校舎中を回るのはさすがに無理がある。
    「おいおい、どこにいるんだよ。軽はずみであんなこと言うんじゃなかったかなぁ・・・」
    レントは少しばかり後悔していた。先を見ないで物事を見ると必ず後悔する。いつもそれを忘れずに動いていたはずなのに。
    そろそろレントの足の疲れがピークに達してきた。すると、前からノイオルグが歩いてきた。
    「やっとか・・・。さて、任務開始だ。とりあえず軽いアプローチでもしてみるかね」
    レントはそう考えて、ノイオルグに軽く微笑んでみた。
    幸いに距離があったため男とは分からなかったものの、それはノイオルグの心に深く響いた。
    「・・・綺麗な子だな。だがあんな子一年にいただろうか?どこかで見た気もするのだが・・・」
    レントは向こうの食いつきが好調だと悟り、少し足を速めてサレンたちがいる教室へ戻った。
    足が大分疲れてきたので早く休みたいのもあるが、それ以前に背中に少しの寒気を感じたからだ。

    ノイオルグは目の前の「女性」がレントであることも知らずにその後を付けていた。
    通常ならこれだけで立派なストーキングである。
    それでも今のノイオルグには自制心が働かない。
    レントはその自制心の働かないノイオルグを後ろに控え早足で歩く。
    幾度か振り返ってみるのだが、その顔は振り返るごとに歪みを増し、背中の寒気も強くなってくる。
    レントはその都度足を速めるのだが、ノイオルグの歩調はほぼ自分の歩調と同じである。
    「おい・・・これじゃあの人完全にストーカーじゃねえか。どういえばいいんだよ・・・」
    刹那、後ろのノイオルグの歩調が自分と合わなくなったことにレントは気付いた。
    明らかに向こうの歩調の方が速いのだ。
    レントの背中の寒気は一層強まり、耐え切れなくなったレントはそそくさに走り出した。


    「何だ?レントの奴血相変えて戻ってきやがった」
    ネストがレントの顔を見ると、その顔は幽霊でも見たかのように張り詰めていた。
    「何だぁ・・?お、来やがった。アンタね、この子に何したんだい!」
    ノイオルグは何故そこにネストがいるのか分からなかった。「女性」が自分のことを言ったのだろうか。
    「ネスト、その子どのクラスの子だ?私はそれを確かめようとしただけだ。こんな生徒、見たことないぞ」
    ネストは「そうだろうね」と応えた。ノイオルグは真面目で現実をそのまま捉えるような男である。
    なのでこの「女性」がレントであることには当然気付いていない。
    「教官。この生徒の髪色、どっかで見たことありません?」
    サレンが一応ヒント代わりにそういうと、ノイオルグはその顔をじっと見つめた。レントにとっては寒気が増す一方だ。
    男に顔を近づけられるなど、気持ちが悪い。レントは早く見抜いて欲しい気持ちだった。
    すると、先程まで意気揚々としていたノイオルグの顔が徐々に青ざめていくのが分かった。
    気付いたのだ。

    「おい・・・まさかとは思うが、お前レントか?!いやいや、何もそんな事は・・・」
    ノイオルグは半信半疑だった。もしそうであっても女性にしか見えなかったわけだし、男には見えない。
    「やっと気付きましたか。男をストーカーするとは、中々の変わり者ですな」
    ノイオルグはその「男の野太い声」を聞いた途端、膝を地面についた。まさか、本当に男だったとは。
    見ると、ネストが壁に凭れて腹を抱えている。よほどノイオルグの反応が面白かったのだろう。
    「ククククッ・・・最高だねぇ。アンタって本当に色ボケしやすいんだよな。馬鹿で」
    ノイオルグはネストの企みに気付き、呆れて溜息をついた。
    馬鹿らしい企みだったが、それ以前に自分がここまではまってしまうとは。
    「でもよかったですね。教官が男に恋をしなくて。もし分かってなかったら今頃どうなってたんでしょうね・・・?」
    サレンが密やかに皮肉を言う。レントは寒気から開放されたいのか、大きく背伸びをした。
    「お前達は揃って暇人だな」
    「そんなことないです。やる事があるだけ暇じゃありませんよ」
    レントとノイオルグは少しだけ自虐をした後、お互いに大笑いしていた。

  • Ep.8

    レントの「女装」事件から一月ほど経った。

    ノイオルグはたまにレントを見てあのときの事を思い出すらしく、
    顔を血の気を引かせることもままあった。

    レントはその光景を見てニヤニヤと自分も思い出し笑いをする。
    「あのことまだ引きずってんだ・・・。そんなに俺の女装は様になってたって事かね」
    ノイオルグは「いい加減にしろ」と苦笑いをこぼすが、レントは気にすることなく笑っていた。

    このところはどうも大した事件もないし、変わった訓練もなくレントは退屈していた。

    あの「ダブラー」事件から一度も外で実戦はしていない。

    ノイオルグは「基礎が大事だから当分はシミュレーターで訓練しろ」というが、
    実際は保守的になっていることくらい誰でも分っている。

    レントはそんな向こうの姿勢がどうも気に入らなかった。
    「暇そうだな」とジェイドが唐突に声をかけてきて、レントはびくりとした。
    最近はジェイドと話すことも多くなり、お互いで様々な不満や、

    MWのシミュレーターのデータを検証しあうようになっていた。
    「あの男もやっぱり教師ということだよ。保守的になるのは、親の怒った顔を見たくないからさ」
    「親か・・・俺にはそんなのいないけどな。いつもいないから」
    親。レントはその言葉を聴いて少し心が重くなった気がした。

    自分に親と呼べる存在がいたのはいつまでだっただろうか。
    父は自分を産んですぐに消えて、母も最近は自分の近くにいない。

    レントは、自分は本当は誰の子供なのだろう、と考えた。
    当然、学校が家族のご機嫌取りをしなければいけない気持ちをレントは分っていた。

    教師には生徒の安全を守る義務もある。
    学校としてそれは当たり前の考えだった。
    「それでも、実戦演習をやめていいはずはない。

    実戦で経験を積まない内は、国の兵としても使えん。学校も損をするぞ」
    ジェイドがそう口を開いたのと同時に、レントはそこにある矛盾に気づいた。

    この学校は、元々「ライダー」を育成して国家の戦力増強のために作られた学校のはず。

    「大会」で勝てる兵士を作るために、国が学校という場所を使う。
    そのはずだった。しかし今はどうだ。戦術を教えもせずにただ同じことを繰り返している。
    「俺達今・・・何やってんだろ?同じことしかしてないよな。

    この場所はいったい何をさせたいんだろうな」
    レントがそういうと「少なからずもう暫くは反復の繰り返しだろうな」とジェイドは嘯いた。


    反復。レントはそれを聴いた瞬間、自分の心が熱くなるのを感じた。

    延々と同じことを繰り返す。何も変わらない。
    それは自分が一番嫌いな生き方だった。ジェイドは知っていて言ったのだろうか。
    「それだけは御免だよ。一応母親だって金は払ってくれてる。

    同じ事を延々とやって終わるのは一番理に合わないしな」
    ジェイドはその言葉に何かしら自分も引っかかるものがあった。

    理に合わない生き方。それは正すべきもの。
    ふと、自分の頭の中でそんな声が聞こえた気がした。誰かに促されるような。
    「俺もそういうのは嫌いだ。少なくともお前と決着をつけられるようにしてみたいさ」
    「そうだったな。いつぞやの決着、早めに着けようぜ。俺も消化不良で仕方ないんだ」
    レントとジェイドはそう言い合った後、自分たちをどこか似たところがあると感じあっていた。
    まるで、同じような生まれ方をしたかのような。

    そう感じられる部分がある。二人は少しだけ奇妙さを感じた。


    数日後
    その日は学校の都合で授業は数学と現代社会だけだった。
    もっとも現代社会といっても学べるようなものは何もなく、
    結局MWに関する法律や「大会」がどういうものかという今までとさほど変わらない中身である。
    サレンも、当然その中身には退屈してきていた。
    たまにはもう少し面白いことを学びたい。早く社会を歴史に変えては
    くれないものか。そんな我侭でさえ考えるほど、この授業は退屈なものだった。
    窓際の席であるから、隣のレントはのんびりと窓の外を眺めている。
    「今日は雨か・・・。サレン、お前よく授業聞いてられるな。飽きないのか?」
    「飽きてるわよ。それでも成績落とさないように授業は聞いておかないと。留年は嫌でしょ?」
    レントはサレンの真面目な答えに感心するともいえない表情で再び窓の外を見る。
    サレンにとって見れば、逆にそれこそ飽きないのだろうかと疑問になる。
    「レントこそ、空見てるの飽きないわけ?空なんて、ずっと同じ色してるじゃない」
    「違うよ。空にも微妙な変化がある。

     雲の動きとか、雨の速度とか・・・それを見つけるのが楽しんだよ」

    サレンは、レントは相変わらず変わっていると思った。
    空の微妙な変化を見つけることや、人の口喧嘩を聞いて楽しむ。
    しかし自分はそんなレントに惹かれている。小さい時からそうだった気もしている。
    授業を聞かないことには少し問題があるが、

    同じことが嫌いというのがレントの性分なので仕方が無い。
    ノートをキリのいいところまでとったサレンは、レントと同じ空を見ることにした。
    空気の微妙な流れが作る雲の動きは、少し神秘的でもあった。
    「レント、これって結構飽きないんだね。授業よりは何倍か面白いかも」
    レントはサレンの意外な一言に驚いたのと同時に、サレンの手の感触を感じた。

    女性の肌はこうも暖かかっただろうか。
    手の甲に重ねられた、サレンの小さな手。
    その大きさからは計れないほどに暖かい熱を感じる。
    少し儚げに見える瞳が、レントには何かを言いたがっているように感じた。
    「サレン、お前って結構ロマンチストなんだな。意外だったよ」
    「意外って・・・私はいつでもロマンチストよ。人間みんなそうじゃない」
    それもそうだ、とレントは思った。
    現に自分も、雲の流れを見て色々と考え付く男だ。
    雲の中の城だとか、神のいる場所だとか、
    退屈さゆえに空想が絶えない。そして今は〈ラスゲージ〉とともに空を飛ぶ妄想。
    レントは頭の中が混ざりすぎていた。
    突如、レントの頭に軽い衝撃が走った。
    意識を戻すと、チョークが飛んできたのだと気付いた。
    先生は二人の「いい雰囲気」を若干嫉妬しながら、

    授業を真面目に受ける気があるのか、とレントを叱る。

    レントもサレンも、この時だけは大人の嫉妬が丸分りだった。
    露骨にそれが顔に出て、蛸のように赤くなっている。
    「わかりましたよ。でも先生、嫉妬交じりの説教だけはやめてもらいたいですね。

     見苦しいですよ」
    「そうですよ。みんなに誤解されますからね。単に幼馴染って間柄ですから」
    サレンがそういうなら、と先生は授業を再開した。
    レントは、サレンは優等生なのだなと、改めて認識してみるのだった。

    ふと、レントがジェイドのほうに視線を見やると、その顔は得意げに笑みを浮かべていた。
    ざまあみろ、という表情だった。言ったのはやつか。
    やりそうなことだ。とレントは思った。
    ジェイドはたまに陰険な態度を取ることがある。
    それは性格からかもしれないが、レントはジェイドのその部分だけがどうしても相容れなかった。
    (あいつ・・・人を笑ってどう愉しんでるんだ?俺にはわからん)
    レントがそう首を傾げたのを見て、ジェイドは更に顔をゆがめる。
    遊ばれている。レントはそう気付いて顔を背けた。

    最後のHRになった。
    今日の授業は何分退屈で、生徒の大半が早く帰りたいと考えていた。
    それは当然レントも同じだった。
    教えることもないのなら、早めに返してほしい。

    そういう単純な気持ちでレントは席についていた。
    どうせいつもの担任の詰まらない自己満足を聞かされて終わりなんだろうと考えてみる。
    退屈で仕方がないことだった。
    「おい、いつまで騒いでるつもりだ。早く席に着け」
    入ってきたのは、予想に大きく反してノイオルグだった。レントは少しだけ拍子抜けになった。
    「お前たちの担任さんも副担任も出張だそうだ。

     なので一番暇だった俺が回された、ということだ。」
    レントはそういうことか、と自分を納得させた。
    そしてノイオルグに意味ありげな視線を向けてみる。
    ノイオルグはレントの視線に「あのこと」を思い出さされたのか、

    一度咳き込んで自分を本調子に戻そうとする。
    「えー、明日は久々に野外演習をするから、各自MWのデータキーは必ず持ってくるように。
    以上だ。シミュレータールームは空けてあるからな」
    そういって早々に礼をさせたノイオルグは、レントから目を逸らすように早々と教室を出て行った。
    サレンは、その様子が可笑かったらしく、一人で小さく笑っていた。
    [newpage]

    MW整備場。学園の隅の一角に設けられた簡易的な整備工場である。
    本格的なメンテナンスや整備を行うほどの広さは無いが、それでも軽い損傷の修復や、
    装甲チェックや各部の点検は行うことが出来、

    学校ほどの規模であれば充分に見合った仕事を行える。
    ネストは、そこで〈ラスゲージ〉の専門の整備士として働くことになった。
    ネスト自身にもその理由は分らない。
    ただ一番最初に〈ラスゲージ〉を点検したのが自分だったことからだろう。

    と自分に言い聞かせた。
    「元気にしてましたか?コイツ。結構ナーバスな機体だと思うんで、一日中心配でしたよ」
    「おいおい。御疲れ様ですとかの言葉は無いのかい?

     一日中コイツとにらめっこしてるのはきつかったよ」
    レントは機体の性能をチェックするために整備場へ赴いた。
    ネストに話しかけるときは必ず皮肉から話すと言う妙な癖が近々出来始めている。
    下から見ると、MWというものはやはり大きい。

    人型であるからよほどそれを身に感じることが出来る。
    「ネリクのやつはどうだった?あいつのことだ、まだ引きずってんじゃないかね」
    「その通りでした。教官、俺から目を逸らして話してましたよ」
    そうだろうな、とネストは笑った。

    レントは少し、ネストが笑った顔を見て妙な感覚を覚えた。
    どう言い表せばいいのか分らないような。
    ただ言えることは、それは身体的な物ではなく、心に熱を帯びさせようとする感覚だった。
    ここ最近、自分の周りの感覚は少し狂い始めているようにもレントは思った。
    それでも、〈ラスゲージ〉のゴーグルアイの内側-人間の双眼に当たる部分は、ただ静かにレントを見下ろすのだった。

  • Ep.9

    灰色の空からしとしとと雨が降ってくる。
    だからといって何分寂しくなったりだとか、陰鬱な気分になるようなことはない。
    ただ、久々に外で実戦演習をやるというのだから、
    せめても視界がいい状態でしたかったと、レントはふと窓を見つめながら思った。
    「参ったな・・・午後から降り出すなんて聞いてねーぞ」
    やがて雨脚は速まり、次第に風も強くなってきた。木の枝が大きく揺れ、降る雨が波打つ光景は
    最早嵐に近いものであり、一層にレントの気分を悪くする。レントは決して雨は嫌いではないし、
    寧ろ好きな性質ではあったが、MW戦になってくると話は別で、格闘戦を強いられる状況で豪雨とは、
    視界が悪く戦いづらくてしょうがない、ということだ。

    「こんな日にまたダブラーの襲撃なんてあったら、たまったもんじゃねえよ。視界が悪すぎて
     見つけるのも一苦労だ。今回は軍はきっちり警備してくれてるんだろうな?」
    知らないわよ、とサレンは素っ気無い返事で返してくる。サレンも今日は傘を持ってきていなかったので
    突然の雨に不機嫌そうな顔をしていた。女性としては、雨に濡れる事自体が嫌なので、その機嫌は
    どうよく取ろうとしても回復の見込みがありそうではない。
    「天気予報の大外れもいいとこよ!今日傘持ってきてないし、MW戦もやりにくいし、最悪よ!」
    「それを俺に言われても困るよ。問題なのは、それを中止しない教師の方だろうに」
    「もう振替えられる日が無いんですって。それ程この学校も切羽詰ってるんでしょ」


    大人の都合だな、とレントは思った。振替えられる日が無いのは分かる。
    それは入念に練られた行程の都合なのだということも知っている。
    しかし、こんな無意味な状況の中でMWを動かすことに意味があるのだろうか。
    雨で目の前は殆ど見えないし、頼りになるのはセンサーと音紋敵索ぐらいであるが、
    そんな高度な技術を駆け出しの生徒が上手く使えるわけは無い。
    それならいっその事、その行程に逆らってでも、有効に訓練を運ばせるようにすべきではないのだろうか。
    レントはそう一人考えていた。
    「大人って馬鹿だな・・・」


    豪雨はラサキア国全地域に降り注ぎ、所々で被害も発生するほどの嵐となっていた。
    ただ、南端のアカテー地方にはそれほどは降らず、最大でも大雨になるぐらいだった。
    アカテー地方は、ラサキアの「垣根」の外にあり、ラサキア市自体の管轄からは外れた地方である。
    それ故人も殆どおらず、かといって自然があるわけでもない。広い荒野と、家が数件ある程度だった。
    そんな数件立っている家も殆どが空き家で、住人は「垣根」の中に皆移り住んでいった。
    しかし、唯一一軒だけ、灯りが灯っている家があった。ただ、その家から異様な程の禍々しさも
    感じられ、そこの住人はただものではないと伺わせられた。

    家の中は酒臭く、そこら中に捨てられて割れたビンが散乱している。
    ウイスキー、ワイン等種類は様々だ。
    見ると、一人の女、が椅子に腰掛けて、新聞の記事に目を通していた。
    胸元が見える少し露出が高い服装に身を包み、バイオレットの長い髪を指で巻く様は、
    どうにも艶かしく、しかし退屈そうに見える。
    しかしその記事を見つめる瞳は猛禽類さながらの鋭い目付きで、一面記事の写真をただ淡々と見つめていた。
    ただの女ではない、ということがその周りを取り巻く空気の澱みで分かる。
    女は舌で自分の唇に触れ、騒ごうとする様々な欲情を少しずつ外に吐き出していた。

    その女アグラナ・シャイアーは、MWを不法改造して犯罪を行う「ダブラー」の間では名が通っており、
    その鮮やかとも言える犯罪の手法やダブラー捌きから「鞭打ち女王」とも呼ばれる女だった。
    アグラナが目を通すその記事には「MW訓練学校、訓練中にダブラー襲撃」とあり、数ヶ月前、
    レント達がダブラーによって襲撃された事件のことが記されていた。
    新聞の日付からしてその事件の翌日の6月12日付けであることが分かる。
    記事の中身は非常にストレートなもので、MW訓練学校の生徒が演習中にダブラーの襲撃を受けたとある。
    「よくもやったもんじゃない・・・。またあたし等の評判下がるよ」
    アグラナはそう嘯くと、テーブルの上に置いてあったウイスキーをボトルごと口に注ぎ込んだ。
    鬱憤晴らしの一杯ということになるが、どう考えても女性が飲む量ではない。
    だが、アグラナはそれに酔った気配すら見せず、もう一度記事に目を通した。
    「このダブラーやった坊やってのが気になるねえ。もし本当なら自分のものにしてやりたいくらいさ」
    アグラナは「幸いにも生徒の一人がダブラーを撃破し、大事には至らなかった」と部分の記事を見つめ
    そう呟いた。レントのことを言っているのだが、少々オーバーに書くというのが新聞の常套文句だった。
    「強い坊やに強い機体、面白いじゃないか。何ていうか、風変わりな所がまたいいね」

    アグラナはその悪名と同じ位に、かなりのアバズレ女、つまり若い男に目がない女としても知られる女だった。
    その噂はかつて襲撃した村の特に自分が気に入った若者に自分を無理やり抱かせたともある。
    外見から察しても、扇情的で誘うような目つきをすることから納得がいきそうにもなる。
    今のアグラナには、興味の心とその欲情の二つが同居しており、自制心というものを相殺してしまっていた。
    「今日は雨かい・・・。男と女が会うには絶好の雰囲気じゃないか」
    外は雨。この天候ならば、「ダブラー」で接近しても感づかれることは無い。
    おまけに相手は素人の集団-アグラナはその欲情に突き動かされ、「ダブラー」を隠した倉庫へと赴いた。
    「待ってなよ、奇妙な坊や。その腕と魅力を測りに行ってやろうじゃないか!」
    その横顔は邪だが生気に満ち、本能の感情で心を満たした女の笑みをに浮かべていた。

    音も無く、光も差さない倉庫に今日は雨の音が反響する。

    屋根に雨が突き刺さるように降り、カンカンと音を立て、風も屋根を大きく揺らし、ガタガタと壊れそうな音を立てる。
    今日だけはやけにけたたましい、と感じながらも、

    アグラナはそういった素振りを微塵も見せずに、自らのハンドメイドマシン〈アイラム〉の元へ向かう。

    直立不動で石像の様な面立ちを感じさせる〈アイラム〉のその姿は、

    レント達が使っている〈ゲージ〉や、軍が採用している〈ペデス〉に近い印象を受ける。
    しかし、その「中身」は全くの別物であり、〈ゲージ〉とは出力、推力共に大幅に差が開くほど違う。
    リミッターの解除によって性能限界値が高められているからであるが、その分操作性は悪くなっている。
    それを操るアグラナは、相当な腕利きであり、この天候も手伝って更に有利な状況を作っている。
    「さて行くよ。可愛い坊やに逢いに行くのさ。雨で速度を落とすんじゃないよ!」
    スロットルを全開にし、バーニアが火を噴く。その赤き機体は雨空の中に徐々に姿を消していき、
    〈アイラム〉の人間でいう双眼に値するカメラアイは、バイザー越しに「垣根」を見つめていた。

    ラサキア国軍が管理する野外演習場では、ラサキア軍が所有するMW〈ペデス〉が慎重に周囲の警戒を
    しながら、少し遅い足でうろついていた。前回のあの一件から警戒態勢が厳でなかったと反省したのか、
    それとも今日は警備に回せる機体と人員が多かったのかは分からないが、今日はやけに警備が多いなと、
    サレンは〈イリスゲージ〉のモニターを見て思った。青めの機体色が地味なのか、未だに自分を発見した
    敵機はいない。サレンは正直退屈だと思いつつも、レーダーに目をやっていた。
    今日も同じエリア内のMWと戦闘訓練だということだが、どうにも張り合いが無い。
    Hエリア近辺の相手は殆どレントがカタを付けてしまい、自分はそれまで「見つからなかった」のだ。
    幸運なのか、それとも授業にならなくて不運というべきなのか。いずれにしても退屈なのは変わらなかった。
    そんな中でふと、まともに授業を受けさせてほしいという願いもまた生まれていた。
    前回の事件以来、久々に入った〈イリスゲージ〉のコックピットはやはり狭かったが、嫌いな感覚では無く
    寧ろその狭さが近頃恋しくも思えてきたのか、ふとサレンは静かに心の中で祈っていた。
    「お願い、もう少し私をこの機体の中にいさせてください。それから、これからもずっとそばに・・・」

    密やかに祈りを済ませたサレンは、もう一度意識を現実に戻した。祈りで空になったような心は、現実の
    退屈な感情と、雨に対する鬱憤や不満の心ですぐに埋め尽くされた。
    「にしてもスッキリしないわね。雨もキツイし、誰も相手になってくれないし」
    「何なら俺が相手になってやるよ?退屈そうにしてるの、機体越しから分かったぜ」
    通信の声にはっとしながら前方のメインモニターに目を通すと、見慣れた白い機体が立っていた。
    レントだとすぐに分かるその派手な色と通信の口調に、サレンは少しの安堵を覚えていた。
    「何だ、レントか・・・。相手、お願いしようかしら?一度上がった自分の腕を見て欲しかったし」
    サレンの自身有りげな言葉に少し肝を抜かれたレントは、マルチブレードを握り、それに応じた。
    「言ってくれたな。なら俺も手加減しないから、そっちも本気で来いよ。手解きはしてやるぜ」
    「馬鹿にして・・・。後で機体壊してネストさんに怒られても知らないわよ!」
    二人はお互い剣を構えさせ、気持ちを変えた。妥協はしない。そう思えなければ負けることになる。
    レントもサレンも雨の音を頭から掻き消し、ただ目の前のMWを見詰め合った。

    Jエリアでは、ジェイドが一人勝ちをしてしまい、退屈そうに空を見上げていた。雨が好きな性分故か、
    機体のスピーカーに雨と空気の音を集音させ、一人その勝利と音の余韻に浸っていた。
    「つまらん。どいつもこいつも俺を見て逃げ出そうとするのだからな。聞いて呆れる・・・」
    ふと、ジェイドは集音させた空気の音の乱れを感じた。風の乱れではない、と音の響き方から察した
    ジェイドは、機体レーダーの範囲を上げ、周りのそれらしき反応を探した。
    「またか・・・!?よくも狙われるな、レントのやつは。今回もまた、一筋縄では行かなそうだな」
    ジェイドは空を見上げ、うっすらと苦笑いを浮かべた。しかしレント自身は、その反応にさえ
    全く気づかずに、目の前の戦闘に没頭しているのだった。
    ジェイドはそんなレントを少し嘲う目つきで見つめながら、もう一度集音された雨と空気の音を聞く。
    「今日は荒れるな・・・。しかも大荒れの模様だとか。気を付けろよ、レント」
    皮肉をひっそりと呟き、静かに空気の乱れを聴き始める。そして、静かに目を閉じた。

  • Ep.10

    日も入り際に入り、やがて雨脚も早まってくると、

    最早センサー以外でMWを視認することが困難になるほどの集中豪雨となった。
    既に雨は風によって波打ち、空自体がうねる様な音を立てながら飛沫を立たせた。

    白い水の粒のみが前面を覆い、それ以外の物を視界に入れることさえ許さないほどの大雨をラサキアに齎す。
    同時にそれはダブラー達にとっては絶好の「狩」の機会であり、アグラナは一人降る雨を見て、天理を感じていた。
    風によって、宙に浮いている機体が風に揺らされることにだけは不快感を覚えていたが、

    それ以外には特に文句もなく、ただ新聞で見た「白いMW」をその視界に捉えようと、

    さながら猛禽類のように目を光らせていた。
    「さて、雨でよく見えないってのがあるが・・・。熱量で分かるってもんさ」
    〈アイラム〉のレーダーを通常の光学索敵から熱紋索敵に変更すると、

    メインディスプレイに敵機を表す赤い点が浮かび上がった。
    それぞれの機体の熱量が浮かび上がり、異なる熱量を示す。が、

    どれも数値的な誤差は±150kJ程度で、大幅に性能が違う
    機体は早々見当たらなかった。アグラナは少し残念そうに顔をゆがめた。
    「何だい、ろくな機体はいないじゃないか。今日は外れってことかい?」
    大きく性能差が無い機体ばかりに、アグラナはふと退屈そうな表情を浮かべた。

    訓練を始めておよそ30分後。国防軍のレーダーは、雨中においてもその性能が何ら損なわれることは無かった。
    演習場の空中、高度12000ftを飛行する謎のMWの機影をキャッチしたのだ。

    知らせを受けたノイオルグは、ふと嫌な気配を感じた。
    「識別信号は出ていないのだな?だとすれば・・・ダブラーか!降下予測ポイントの警戒態勢を強化しておけ!」
    どうしてこうも訓練中に必ずアクシデントに見舞われるのか。ノイオルグはそれが不思議でならなかった。
    以前の演習中にもダブラーの襲撃を受け、今回もまた同じ様な目に遭うのか。

    近頃心配性になって胃が痛むというのに。
    「ゴチャゴチャうるさいね、何だってんだい!ネリク、またダブラーが出た、なんてのじゃないよな?」
    「・・・図星だよ。しかも相手が悪すぎる。機種判定をさせた結果、あの「アイラム」だという推測が出た」

    ネストは、その名前を聞いて唖然とした。

    アグラナの実力と悪名は、軍の内部でもその名を轟かせており、目下その逮捕に熱を入れている最中である。

    そのアグラナが、どうしてこの様な場所に。ふと、ネストは一つだけ引っかかるものを感じた。
    「ひょっとして・・・あいつらレントのラスゲージを狙ってんじゃないかね?

    仮にも最新型だし、レーザーだって積んでんだ。狙われても不思議じゃないよ」
    「ありえん話ではないな。よし、一応レントにはエリアから離脱するように通達しておこう。

    尤も、あいつは従いそうにはないがな」
    皮肉を交え、ノイオルグは〈ラスゲージ〉との回線を開いた。

    しかし、回線は非常に混乱しており、ノイズしか聞こえない。
    敵がジャミングをしているわけではなさそうだし、装置に異常があるとも思えない。しかし、現に繋がらないのだ。
    「レント・・・あんたは不幸だね。雨の中で、しかも戦う相手があのアイラムだなんて・・・。

     頼むから、機体を壊さないで帰ってきてくれよ」
    ネストは、誰にも聞こえないよう、心の中で静かに祈っていた。

    しかし、滝のような豪雨と時々唸る稲妻は、それさえも掻き消していった。

    その頃、レントはサレンと伯仲した戦いを繰り広げていた。

    飲み込みが良いサレンは、MWに関してもその才能を見せ始めていた。
    シミュレーターでの訓練を幾度も繰り返し、その都度自らの弱点を発見、改善したり、

    相手の戦闘パターンを自分なりに研究していたのだ。
    レントは、サレンの熱心さをその戦闘スタイルから感じ取った。

    自分の動きの一歩先を行こうとするその挙動は、何度も訓練しないと身に着かない物だと思える。

    レントは、サレンのやる気が少し羨ましく思えるようになっていた。
    「どう?私だってきっちり練習はしてるんだからね?ぼーっとしてると・・・こうなるわよ!」
    刹那、〈ラスゲージ〉は〈イリスゲージ〉に足を取られ、地面に大きく倒れこんだ。

    柔道よろしく足を払って敵のバランスを崩したのだ。
    「やるなあ・・・。その発想は無かったぜ。でも、俺だって今ので勉強させてもらったぜ。こういうやり方も出来るってな」
    「おや?ちょっと前まではレントが教官みたいだったのに・・・。立場逆転ですかな?」
    レントとサレンはお互い冗談を言いながら、自分達の能力を磨き始めていた。

    今そこに、未曾有の敵が近づいていることも知らず・・・。

    (こちらガンマ3。ダブラーの反応は確実にこちらへ接近中。予想降下地点に降下すると見て間違いありません)
    (こちらアルファ1。了解、降下してきたら、すぐに戦闘態勢に入る。今のうちに心積もりをして置けよ)
    ラサキア国防軍、第2機動陸戦部隊、通称〈ドル隊〉は、

    アグラナの〈アイラム〉が降下してくると思われるポイントに集結していた。
    降下した直後の敵のスラスターが停止している瞬間を突いて、一気に肩を付けようというのだ。
    「固まってる敵を急襲、か。ですがギャバン隊長、こういう作戦って卑怯臭くないですか?

    もっと正々堂々と行きましょうよ!真っ向から!」
    「落ち着けネッド。今回は我々だけの問題じゃない。何十人という生徒の命が掛かってるんだ。

    もし我々がやられてみろ。生徒はどうなる?」
    ギャバン、と呼ばれた男は、革のジャンパーを羽織ったいかにも軍人格な男だった。

    しかし、作戦の内容よりも生徒の命を優先するところは、その風格が示すとおりの懸命な判断であった。

    ネッドと呼ばれる若い青年は、その言葉に返す文句が無かった。
    「そうよネッド。おまけに今日は視界も電波状況も悪いんだから。迂闊に出ると返り討ちに遭うわよ」
    「アニーは言わなくてもいいだろ。・・・隊長、軽率でした」
    3機目の〈ペデス〉に乗る、アニーと呼ばれたツインテールの髪形をした女性は、お節介のようにネッドを戒める。
    隊長のギャバンに言われるのと、同僚であるアニーに言われるのはやや感じ方が違うようで、

    ネッドはアニーの癖だと分かっていながらも少し疎ましかった。

    ネッドがそう思った矢先に、〈ペデス〉のレーダーが警報を発した。アグラナの〈アイラム〉が降下してきたのだ。
    「お喋りは終わりだ!来るぞ!いいか、絶対に奴をここで食い止めるんだ!!」
    ギャバンの支持が二人に飛び、3機の〈ペデス〉は早急に身構えた。

    MW共通装備である、ハンドマシンガンに弾倉を装填し、銃のダイヤルを回す。
    ギャバンが言うように、ここで食い止めなければどれほどの被害が出るか。

    ネッドもアニーもそのことを考えながら、操縦桿の発射ボタンへ手を置いた。
    「あ!?何だって軍の奴らが・・・。どきな!邪魔すんじゃないよ!あたしを待ってる坊やがいるんだからさ!!」
    アグラナは〈アイラム〉のスラスターに再度火を付け、機体を加速させる。ここで邪魔をされたくは無いからだ。
    そして〈アイラム〉は、手に持っていた棘付の鞭とも思える武器へ手を回し、

    自分に一番近かったネッドの〈ペデス〉目掛け大きく振り下ろした。
    〈ゲージ〉のマルチブレードと同じ原理で振動する鞭の棘の部分が、〈ペデス〉の装甲を引き裂き、大きな傷を穿つ。
    「なっ・・・速過ぎる機体であんな武器を!これが鞭打ち女王か・・・!隊長!」
    ネッドの〈ペデス〉は銃を構える暇も無く、その場に倒れこんだ。胸部には鞭で付けられた生々しい跡が残っている。
    「分かっている!だが俺たちがやらねば・・・!しまった!ラインを越えられたか・・・」
    ギャバン達がアグラナの鞭の動きを把握したときには、

    アグラナは既に〈ペデス〉では追いつけない距離まで進んでいた。

    ダブラーであるため、その加速性能は〈ペデス〉の比にはならない。
    「やつの鞭に気を取られすぎたか・・・。仕方が無い、アニー、最寄の機体に連絡できるか?」
    「駄目です!雷雲の所為で、電波が混乱していて・・・。有線回線でやっと会話できているくらいですから・・・」
    どうしようもない状況の中、ギャバンは悔しさのあまり拳を握り締めた。

    アグラナはそれを笑うように、更に機体を進ませる。
    白い機体、その姿をもうじき見られると考えるだけで、アグラナの興奮は高まっていった。
    「軍のうすのろの皆さん!そこで一生指でも咥えてあたしと坊やの出会いを見ているがいいわ!オッホホホホ!!」
    ネッドは、それが挑発だと分かっていながらも、性格ゆえか腹を立てずにはいられなかった。
    「待て!このアバズレ女!お前みたいな奴は俺が叩き潰してやる!戻って来い!・・・クソッ!」
    そのネッドの叫びも虚しく、〈アイラム〉は一直線にレントたちのいる方角へ向かって進んでいた。

    アグラナの〈アイラム〉は豪雨の中をただ駆け抜けていた。自分がこうも惹かれる存在。

    それがもうじき自分の前に現れる。そう思うだけで、自ずとスロットルのレバーは前に押されていく。

    人間誰しもそういう感情は持ち合わせているだが、アグラナの場合は非常に極端なタイプだった。
    しかし、熱紋センサーを見ても、未だにその熱量が大きく違うような機体は現れない。

    だが、アグラナにはその機体が自分のすぐ近くにいるという確信があった。
    「さあて、出ておいでよ坊や。あんたに逢いたくてわざわざ来たんだからさ・・・。照れてないでさあ」
    アグラナの毒を含んだ言葉に反応するように、〈アイラム〉のセンサーはその感度を上げていった。

    そして、それを示すように〈アイラム〉のセンサーアイが発光する。
    アグラナ自身も、その猛禽類のような瞳をより一層輝かせ、レントの〈ラスゲージ〉を求めていた。

    その距離、残り推定5000m-。

    レントとサレンは、訓練を終え機体の中で一息ついていた。

    お互いに自分にとっていい勉強の機会になったと満足していた。
    そしてレント自身、サレンが自分に近くなってきたことに何よりの安堵を覚えていた。

    自分がもしサレンを取り残して先へ行きそうな気がしていたからだ。
    「にしても・・・強くなったよなあ、サレン。一体どれ位シミュレーターに篭ってたんだ?

     あんな狭苦しいところ、よく飽きないよな」
    「飽きっぽいレントとは違うんだからね。でも、やっぱり天才のレントには一歩及ばなかったみたい。

     今日だって負けちゃったしね」
    あの後、一進一退の戦いを繰り広げていたレントとサレンだったが、

    レントの格闘戦の技術にはどうしても追いつけなかったらしく、後一歩でサレンが敗北したのだ。
    レント自身でさえも、正直今日は引き分けで終わるだろうと思っていたが、

    自分でも分からない感覚で機体を動かしてみると勝ってしまっていた、という感じだった。
    「ねえ・・・。レントってどうしてそんなに強いの?いくら努力しても追いつけないくらい強くて・・・どうしてなの?」
    レントは、サレンの少し切なさを含んだ声の問いに答える術が無かった。

    自分でも分からないのだから。レントにとっても、これは大きなジレンマだった。
    「それは・・・、サレン、ちょっと待て。何かが近づいてる音がする・・・。まさか、ダブラーか!?」
    「え!?私には何にも聞こえないけど・・・センサーにも今のところ反応はないし・・・」
    しかし、レントの耳には確かに聞こえていた。何かが風を切り裂き、泥を巻き上げて進んでくる轟音が。
    人間離れした聴覚のなせる業だろうか。しかし、なぜ自分にはこれほどの能力があるのだろうか。

    レントの疑問は尽きることを知らなかった。

    〈アイラム〉は機体の風圧で泥水を巻き上げながら進んでいた。

    それも、先ほどよりも早く。センサーにようやく高熱量の機体が引っかかったのだ。
    アグラナはそれを見て、たまらずスロットルを全開にした。

    〈アイラム〉は最早、誰に求めることができない勢いで進んでいた。
    「いたいた!やっと逢えたよ!さあ、その腕前見せてもらおうじゃないか、白い素敵な坊や!」
    〈アイラム〉とラスゲージの相対距離は、最早肉眼で捕捉できるほど狭まっていた。
    レントは、センサーに反応する赤い機体を見つめた。自分目掛けて猛スピードで直進してくる機体から、
    猛烈な執念を感じ取ったレントは、すぐさまマルチブレードを腰から引き抜いた。
    「おい!何だよ、アンタ!また訓練目茶目茶にする気かよ!しかもそんな派手な機体乗って!」
    「派手はお互い様だよ、・・・坊や。なんだい、機体も良けりゃ乗り手も相当可愛い子じゃないか!

    男でこの顔は・・・反則だよ」
    レントは、突然開かれた通信で、突然放たれた言葉に度肝を抜かれた。

    可愛い。そんな言葉を敵から聞こうとは。レントは開いた口が塞がらなくなった。
    「何よ。このアバズレ女は・・・。レント、そんなアバズレ女に負けないでね!」
    「お、おう。・・・やりにくいんだよなあ。あんなの言われた後で戦うのは」
    レントの顔から、緊張感とやる気が徐々に遠のき、

    逆にアグラナの顔には、やる気と闘争心が同時に燃え上がっていた。

  • Ep.11

    「少尉。通信が使えない理由が判明しました。どうやら雷雲内の磁場によって、通信の電波が遮断されているようです」
    一人の兵が、〈アイラム〉出現から10分経ってようやく通信不能の原因を突き止めた。

    ノイオルグは一応問題は一つ解決したと思った。
    しかし、現に雷雲がこの上にある限り通信は使えない。

    有線による接触通信以外は殆ど通信手段が使えなくなっている。
    「しかし、雷如きで通信が使えなくなるなどと・・・。戦後というのは、いろいろとやりづらいものだな」」
    ノイオルグは戦前の様に雷ではビクともしないレーダーの存在を少し懐かしんだ。

    現状の通信機は範囲こそ広いものの、

    磁場や静電気に関してはこれまで以上に非常にデリケートな設計となっていまい、使える状況を限定してしまっていた。
    その為、非常時には音波によるセンサーではなく、熱紋によって敵機を察知するしかなくなるのだ。
    「仕方が無い。確かあの辺りには「ドル隊」がいたはずだ。敵機とは遭遇しているはずだから、追撃は任せておこう」
    ノイオルグはたまたま近くにいたドル隊の現場の判断に任せることにした。

    通信が使えない現状で、当てに出来るのは現場の指揮官の判断のみである。

    「ドル隊」は有能な部隊だと知っているノイオルグは、彼等に委ねる事にした。

    ノイオルグは、ここで自分達の不便さを悔やんだ。

    本来ならば自分達が守ってやらねばならない生徒達を、自分達は何も出来ずにただここでじっとしているしかない事が相当悔しかった。自分のプライドにも大きく響いた。
    出来る事なら、自分がMWに乗ってでも飛び出したい。

    元来責任感が強かったノイオルグにはそんな気持ちが渦巻いていた。
    ネストは、そんなノイオルグの心情を察したのか、ノイオルグの肩に手を置き、首を横に振った。
    「別にあんた一人が気にすることじゃないよ。あたしだって今すぐ行ってやりたい気持ちさ。

     でも、そういうわけにも行かないんだよね・・・」
    「・・・俺達はレントの腕を当てにし過ぎているのかも知れんな。

    あいつには普通の学生生活でも送って欲しいもんだが・・・」
    ノイオルグとネストは、自分達がレントに重石を載せているのではないかとふと感じた。

    確かにレントの腕は並みの兵士よりも優秀だし、何より若さゆえのバイタリティがある。

    その活力と実力が、今の兵には欠けている。だからレントに頼らざるをえないのだろうか。
    それでも、いつまでも生徒一人に重石を載せるわけにはいかない。

    ノイオルグは、祈るような思いでドル隊の行方を見守った。

    レントは、目の前の赤い機体からどうとも言えない感覚を感じていた。

    先程の通信のアグラナの言葉が未だに頭を駆け巡り、自分の意識を戦いに集中させられない。

    そもそも敵があんなことを言ってくること自体が予想外であり、明らかに自分と
    <ラスゲージ>を取って食おうとしているその姿勢と、

    猛禽類の様にギラギラと光る目がレントにはえも知れぬ恐怖だった。
    「レント、大丈夫?あんな事言われただけで怯んでたら駄目よ!

    あんなどう見てもアバズレな女なんかにビビッてたら駄目なんだから!」
    レントも十分分かっていた。ここで怯んだり、逃げ腰になるわけにはいかない。

    ただ、自分はこの女性に対しては少し妙な感情が働いている。
    恐怖というには生温く、かと言って異性に対する興味でもない。

    自分でもよく分からない感情と、先程の言葉が絡み合い、
    意識をぐちゃぐちゃに掻き回しているのだ、とレントは感じていた。

    「おや~?なんだい、結構「晩熟」なんだねえ。もっと積極的に掛かっておいでよ、可愛い坊や」
    レントは、アグラナの挑発の連続にとうとう吹っ切れた。何度も「坊や」と言われることに腹が立ったのだ。
    「あー、もう!誰が晩熟だ!それに俺は坊やじゃない!レントっていう名前があるんだ!

    だったら積極的に行かせてもらうぜ!後悔するなよ!」
    「アッハハハ!レントってのかい!そうこなくちゃねえ!あんたの腕前で、あたしの機体も心も落としてみな!」
    アグラナは、レントが怒った顔を見て尚更戦いの意欲を燃やした。

    それほどレントの表情はアグラナにとっては魅力的なのだ。
    レントは自分が感情的になっていると悟っていた。

    だが、そうでもしないとあのよく分からない感情は払拭できなかったし、
    相手が女性であっても手加減はしない、という事を自分に言い聞かせるかのようにあえて感情的になっていた。
    「やってやるぞ!あんな奴の言葉に惑わされてちゃいけない!

    サレン、これは俺に売られた喧嘩だ!絶対に手を出すなよ!」
    レントは、自分でこの戦いの決着を付けたかった。何しろ相手がここまで血眼になって探されていた自分。
    ここで他人の介入があれば、それはそれで厄介だし、何より自分の意地がそうさせない。

    今の所、ダブラーに対抗できるのは自分とジェイドしかいない。

    サレンを巻き込むわけにも行かないので、あえて一人で戦うのだ。
    「レントの馬鹿・・・。どうして当てにしてくれないのよ。私のこと、認めてくれたんじゃないの?」
    サレンは、微妙に変わってしまったレントを見て数十分前をふと儚く思った。雨は未だに止みそうにない―。

    ドル隊は〈アイラム〉が進んだ方向へ歩を進めていた。

    先ほどの遭遇戦では、〈アイラム〉の予想外の機動性に後れを取り、一撃も与えられないまま逃げられてしまった。

    特に被弾してしまったネッドはその事を相当引きずっており、足を速めたい一心だった。
    「隊長!何でそんなに悠長に進んでるんです!?

     敵はもう生徒達を襲撃している可能性だってあるんですよ!あいつを早く逮捕しないと・・・」
    「ネッド、お前の焦る気持ちも良く分かる。先ほどの借りを返したいのもな。

    だが、この状況で敵の軌跡を見失えば、それすら困難になるんだ。焦るなよ」
    ギャバンはあくまでも、敵を確実に逮捕することを念頭に行動していた。

    ネッドの様に、先を急いで行動すると、後に本来の目的を見失うことが良く分かっていたからだ。
    「しかし、今回はネッドの言う通りかもしれん。生徒が襲われては話にならん。

    アニー、敵機の進行したと思われる方向は分かるか?」
    「待って下さい。この先のエリアで戦闘が発生しています!

     それも、〈ペデス〉の識別信号ではないMWと戦闘です・・・。どういうことでしょうか?」
    ギャバンが目的地を探そうとした瞬間、アニーは現在位置から約5km先での戦闘をキャッチした。

     それも、軍の機体が〈アイラム〉と戦闘を行っているわけではないらしい。
    ネッドもギャバンも、この状態を不自然に思った。〈ペデス〉では無いとすれば、もしや―。
    「ひょっとしてこれは・・・。生徒が〈アイラム〉と交戦している!?

    アニー、ネッド、急ぐぞ!あまり長引かせるわけには行かん!」
    ギャバンは直感でそう感じ取った。友軍機で無いとすれば、演習中のの生徒以外に考えられない。

    少し嫌な予感を感じたギャバンは、ネッドよりも足を速めて、〈ペデス〉のスラスターに火を灯した。

    レントとアグラナは、豪雨の中で激しい戦いを始めていた。

    〈ラスゲージ〉はセンサーアイを輝かせ、敵の姿を捉えようと必死だったが、

    雨の所為でカメラの視界は極めて悪かった。
    それに対してアグラナは、慣れた手付きで〈アイラム〉を動かし、〈ラスゲージ〉にパンチを入れる。

    レントは、アグラナが手馴れの者だとすぐに分かった。
    だが、〈ラスゲージ〉の反応速度を持ってしても、アグラナの機敏さには付いて行けなかった。

    アグラナはやや期待を裏切られたような気分だった。
    「なんだい、やっぱりガキの腕なんてそんなもんかい!ほらほら、もっと楽しませておくれよ!レント!」
    アグラナはそれでもレントを煽って来る。これ以上の挑発に乗るまい、とレントは自制していたが、

    アグラナはその挑発さえも楽しんでいた。
    「そういや、あんたの名前を聞いてなかったな!俺は名乗ったんだ!あんたも名前ぐらい教えろ!」
    「ほう、あたしの名前が気になるのかい。そうだねえ・・・勝ったら教えてやるよ!勝てたらの話だけどね!」
    レントは、これで自分の心のリミッターを外した。名前を知る、ということで明確に勝ちに行く理由を作ったのだ。
    相手が「勝てれば教えてやる」と答えることは、性格から十分にレントは予測できた。
    「よし!そろそろ本気で行くぞ!覚悟しろ!行くぞ、ラスゲージ!あの女にちょっと痛い目見せてやろうぜ!」
    「アイラム!あの坊やにいっちょあたしらの実力ってのを見せてやろうじゃないか!行くよ!」
    〈アイラム〉と〈ラスゲージ〉、雷が鳴り響き、やがては落ちてゆく豪雨の荒野で、二機のMWが激突する!!

    〈ラスゲージ〉は腰からマルチブレードを引き抜いた。

    通常仕様のマルチブレードだが、レーザーブレードが多用できないラスゲージにとっては重要な兵装である。
    レントは〈ラスゲージ〉のレバーをいっぱいに押し、〈アイラム〉目掛けて突っ込んでいった。

    〈ラスゲージ〉がマルチブレードを振り下ろすと、鈍い金属音が鳴り響いた。
    だがそれは、〈アイラム〉によってマルチブレードが止められた音だった。

    しかし、〈アイラム〉にはマルチブレードも無ければ、盾を持っているわけでもない。
    〈アイラム〉は手持ちの鞭型兵器「ビュート」を固定させた状態で剣よろしく使用し、

    つば競り合いの状態へと持ち込んだのだ。
    「こんな武器の使い方をするなんて・・・。やっぱりやり手ってことはあるな!でも!」
    〈ラスゲージ〉はつば競り合いの状態で近接している〈アイラム〉に一発パンチを命中させた。

    アグラナもあの状態からパンチを繰り出されるとは思っておらず、さすがにたじろいでしまった。
    「MWで肉弾戦をするなんてね!アンタの戦い方の方がよっぽど不思議だと思うよ!

     だったら、こっちもそのつもりで行くよ!」
    アグラナは〈アイラム〉の態勢を取り直し、いきなり地面をビュートで攻撃した。

    すると、地面の土煙と泥が〈ラスゲージ〉の視界を奪い、レントは前が見えなくなった。
    刹那、レントの体に重い衝撃が走った。アグラナは、泥水でレントの視界を奪った隙に、〈ラスゲージ〉を蹴ったのだ。
    だが、アグラナの猛攻はまだ終わりではなかった。

    よろめく〈ラスゲージ〉に追い討ちを掛けるように、ロックを外し、

    鞭上になったビュートを〈ラスゲージ〉の首の部分に巻き付けたのだ。
    「さて、さっきのパンチの10倍返しをさせてもらうよ!超微細振動のビュートに何分耐えられるかい?そら!」
    〈ラスゲージ〉の首の部分に巻きつけられたビュートが振動を始めた瞬間、

    〈ラスゲージ〉のセンサー類に異常が起こり始めた。

    同時に、機体が大きく振動を起こし始め、そのダメージはレントにも及んだ。
    「あいつ・・・ラスゲージの頭部のコンピュータへの情報とセンサーを断たせるつもりか!味な真似しやがって!」

    〈ラスゲージ〉に限った話ではなく、MWの処理用コンピュータは主に頭部に搭載されている。

    胴体部分にジェネレータなどを搭載する関係上、頭部には空きスペースが発生し、
    その部分にコンピュータが搭載されるである。

    また、センサー系統も頭部に集中しているため、MWにとっても、頭部は非常に重要な部分であることが分かる。
    アグラナはその頭部とコックピットの情報連絡用のコードなどが集約されている首を破壊することで、

    機体自体は壊さずに、生け捕りにするつもりなのだ。

    〈ラスゲージ〉のセンサーアイにノイズが入りだした。

    〈アイラム〉のビュートによって、〈ラスゲージ〉のセンサーの情報が行き届かなくなってきているのだ。
    同時に、〈ラスゲージ〉の幾つかの機能が麻痺を起こし始めた。

    それらは全て頭部処理コンピュータとの連携による機能であり、最終的には連携が断絶される。

    それは中枢機構との連動を失った〈ラスゲージ〉の機能が、停止することを意味していた。

    レントは、危機を感じた。このままでは負けてしまう。

    自分が負ければ次はサレンやジェイドにも危害が及ぶかもしれない。

    そして、〈ラスゲージ〉を破壊されては、自分がどういう存在なのか分からなくなってしまう。
    センサーアイの機能もいつ止まるか分からない状況の中、振動のダメージが徐々にレントを追い詰めていく。

    負けてたまるか。負けるもんか。レントはそう心の中で叫び続けた。
    そして、自分の意識を腕に集中させ、腕の部分のレバーをめいっぱいまで引き上げた。
    「俺は・・・こんな所で負けられないんだ!こいつもサレンも、皆の事もお前の好きにはさせない!

    レーザーブレード!!」
    〈ラスゲージ〉は最後の力を振り絞るかのように、レーザーブレードを握り締め、

    光の刃で〈アイラム〉のビュートを切り裂いた。

    アグラナは目の前の事態が未だに信じられなかった。

    通常の人間なら、10分足らずで気を失うはずなのに。そればかりではない。
    超硬度のビュートを振りほどいたではなく、MWの機械系統が持続しすぎている。

    これがこの機体とパイロットの「バイタリティ」なのだろうか。
    「面白いじゃないか!それでこそ倒し甲斐があるってもんだよ!さあ、掛かってきな!」
    〈アイラム〉はもう一度ビュートを剣状に固定し、斬り付ける態勢に入った。
    〈ラスゲージ〉は剣を構え、そして大きく身構えた。レーザーブレードには使用時間制限がある。

    一瞬の隙を見計らって一撃で仕留めなければならない。
    レントは、〈アイラム〉の動きを目を細めて確認していた。アグラナにはやはり隙が無い。

    やはり自分から仕掛けていかなければならないのだろうか。
    神経を研ぎ澄ませ、タイミングを見計らう。レーザーブレードの使用時間限界まで、後1分30秒。

    この段階へ入ると、エネルギー残存量を教える「カラータイマー」が点滅する。
    カラータイマーはコックピットに搭載された、エネルギー残存量が危険域へ到達したことを伝える警告装置である。

    もし、このカラータイマーの点滅が止まってしまえば、

    この戦闘において〈ラスゲージ〉は二度とレーザーブレードを使用できなくなり、

    戦闘継続可能なエネルギーが無くなってしまうのだ。これが、〈ラスゲージ〉の最大の弱点である。

    レントは意を決し、〈ラスゲージ〉を〈アイラム〉目掛けて猛ダッシュさせた。

    このまま待っていてもやられるだけだ。と悟ったのだ。
    「これで決着を付ける!やれるな、ラスゲージ!」
    それに応じたのか、アグラナも〈アイラム〉を走らせ、互いに最後の一撃へと持ち込もうとする。

    そして、二機のMWは空中へと飛び上がり、居合い切りの態勢へと入った。
    「行け!ラスゲージ!」
    レントはそう〈ラスゲージ〉へと呼びかけ、レーザーブレードを振るう。

    アグラナも溶断されて欠けたビュートを振りかざし、〈ラスゲージ〉を斬り付けた。
    空中で二機のMWが交差し、斬り合った。その勝敗は、いかに。

    地上へと着陸した刹那、〈アイラム〉の右腕が崩れ落ちた。

    切り裂かれた部分は熱で拉げ、様々なシリンダーやコードが露出している。レントが勝ったのだ。
    「なっ・・・このあたしが、あんな子供に・・・。素敵な話だね。こりゃ」
    アグラナは少し自虐した。自分があれほど欲しがった子供に返り討ちにされる。

    これはアグラナにとっては笑い話も同然だった。
    〈ラスゲージ〉は、腹部に小さな損傷を負ったが、さほど大きな損傷でもなく、

    十分に帰還は可能だった。カラータイマーは、残り10秒で停止されている。まさに瀬戸際の勝利だった。
    「やった・・・のか。俺、勝てたんだ。でも、俺の力だけじゃなかった。誰かを思えばこそ、あそこで立ち直れたんだよな」
    レントは、自分を奮い立たせたものが何だったのか、サレンの〈イリスゲージ〉を見て思い出した。

    誰かを守りたいと思う心。自分を諦めたくない気持ち。その心だった。
    「さてと、勝ったんだから名前は教えてもらおうか?約束は守れよ」
    「しょうがないねえ・・・。アグラナだよ。アグラナ・シャイアー。

    また逢うことになるだろうから、覚えておきな。あたしのレ・ン・ト。じゃ、今日はここらで退かせてもらうよ!」
    アグラナの最後の言葉に、レントはまた絶句した。最後の最後までああいうことを言える余裕があるとは。
    「恐ろしい女に出会っちまったもんだな・・・。サレン、帰ろうか。・・・サレン?」

    サレンは少し不機嫌そうだった。

    レントが手を出すな、と言った事も含まれるのだろうが、何よりアグラナの最後の言葉がそれを加速させた。
    「何があたしのレントよ!あの女、今度会ったらコテンパンにやっつけてやる!

    レント、また今度訓練付き合ってね!じゃ、帰りましょ!」
    「お、おい。何があったんだよ?何でそんなに怒ってんの?サレンちゃん?」
    レントとサレンは、雨が止んだ晴天の空の下を、基地へ向かって進んでゆくのだった。ちなみに、今日以降のラサキアの天気は「晴れ」か「時々曇り。所によっては雷」であるそうだ。

  • Ep.12

     

    アグラナとの戦いから約数週間が経った。他の生徒達は、まるでその事を知らなかったかのような顔をしている。
    実際、アグラナと直接交戦、或いは目撃したのはレントとサレンだけであり、

    通信系等の乱れもあって、生徒全員には情報が行き届いていなかったのである。
    ジェイドは、そんな生徒を見てやや呆れていた。

    何事も無かったかのように振る舞い、MWに関してもやや蔑にした様な生活を送っている。
    レントのあの真っ直ぐな生き方を見ているうちに、自分の中にもそんな感情が芽生えてきていたのだった。
    「レント、お前はつくづく不幸だな。自分の手柄も人には知られず、命を掛けても向こうにはどうでもいい事・・・。

     同情するよ」
    ジェイドは、レントを見てそう呟いた。あの飄々とした男が、彼等全員を守ってきた。ジェイドはそれを知っている。
    その頑張りも、この学校ではあまり報われない。それは悲しいことだ。

    もし自分が同じ立場なら、きっとそう思っただろう。とジェイドは一人考えていた。

    今日の授業も退屈なものだった。

    世界史の中身はかつての戦争で詳しい資料が失われた為、歴史的に辻褄が合わなくなっている。
    先生でさえも、その辻褄の合わなさが一体どこまで分かっているのか、というような授業だった。

    例えば、アレクサンドロスはカエサルが率いる軍隊と戦って負けた。とか
    ゲルマン人の大移動の時期が本来よりも大きくずれていたりとか。

    ジェイドでさえも、その違いは良く分かっていた。
    「カエサルはもっと後だろうに・・・。文科省も歴史学者も機能していないのか、この国は」
    ジェイドは、授業の中で一際大きな溜息をついた。それも、教室全体に響き渡るほどの大きな溜息を。
    その溜息で、居眠りをしかけていたレントは起こされた。えらく大きな溜息だと、レントは焦った。
    「あいつ、そんなに授業退屈なのか?まあ俺はお前以上に退屈だけどね・・・さてと、寝直すか」
    レントが再び眠りにつこうとすると、隣にいたサレンに大きく頬を抓られた。

    爪が食い込んで尚更痛かったらしく、結局レントは眠ることを諦めた。
    「あなたねえ・・・。ただでさえこないだ成績危なかったのにまた下げる気?

    いくらMWでの成績よくても、普通教科落としたら何の意味も無いんだから」
    「はいはい。でもさあ、この教科書なんかおかしいんだよ。えらく辻褄合ってないし。

    そんな授業受けても意味が無いから寝るんです」
    開き直りをはじめてもう一度寝ようとするレントを、サレンは先程よりも強く抓った。

    いい加減にしろ、ということがその顔からも受け取れる。
    「だからといって寝ていい事にはならないの!ほんとに留年したいわけ?とにかく起きる!」
    その気迫に圧迫されたのか、レントは慌ててノートを取り始めた。

    幸いあまり多くは書かれていなかったので、写す分には問題なかったようだ。
    ジェイドは、傍らからその様子を見て笑っていた。いつでもあの調子の二人は、見ていて飽きが来ない。

    不思議なやつらだ。とジェイドは思った。
    「俺はお前らを見ているから、お前ほど退屈では無いよ。レント」
    ジェイドは慌ててノートを取っているレントを見て、一人そう呟いた。

    授業も終わり、HRも大した連絡も無くすぐに終わった。

    ここのクラスの室長の号令には余り威厳が無く、正直副室長のサレンのほうが向いているとジェイドは思った。
    特に部活にも所属していないジェイドは、号令が終わればすぐに帰る。

    特に入ろうと思った部活も無かったし、何よりここのフォークソング部はレベルが低かったからだ。
    中学の頃の方が、まだレベルは高かったのでは。と妙な事を考えながら、ジェイドは一人帰路に着いた。

    今日は曇っている為か、やや気分が優れない。
    中途半端な空模様で、雨が降るともこの後晴れるとも言えない雲行きだった。

    ジェイドは、そんな空を見上げながら、家へと足を速めるのだった。
    「今日の空は嫌いなタイプだ・・・。優柔不断な感じがする。気分まで曇らせてきそうな嫌な空だ」
    ジェイドは空を見るのが嫌になったのか、屋根がある商店街を通って帰ることにした。

    商店街は思いの外静かだった。ジェイドと同じように、こんな日にはあまり外へ出たくないのだろうか。

    それとも、今日はどの店も大して広告を出していないので、行く気が起きないのだろうか。
    いずれにせよ、ジェイドからしてみれば居心地はよかった。

    いつもは人の通りが多すぎて敬遠する商店街に、今日はあまり人の入りが無い。
    静かで閑散とした街というのも悪くは無い。ジェイドは、色々と考えながら、やや薄暗く静かな商店街を歩いていた。
    「静かだな。誰かが喧嘩をするのも、悪口を言うのも聞こえない。こんな日もあっていいだろう。町にも平和は必要だ」
    町は、人々の愚痴や不満の溜まり場ではない。交流と、出会いが生まれる場所なのだとジェイドは感じた。

    そしてジェイドは、そんな静かな町の中で家路へと急いだ。

    ふと、ジェイドはどこからか聞こえてくる「歌」に足を止めた。

    誰かが流しているのかと思ったが、そんな人影は見当たらない。
    「歌だ・・・。誰かが歌っている。こっちの方向か?確かこっちには広場のようなものがあったような・・・・?」
    ジェイドはその歌が気になったのか、歌が聞こえてくる方向へと進路を変えた。

    この商店街は意外と幅が広く、所々に広場のような場所がある。
    そこでは頻繁に路上ライブなどが行われているらしいが、人の入りが少ない今日にやるものは恐らくいない。

    では、この歌は一体。
    ジェイドは、自分をここまで惹き付ける歌の本質を探りに、

    多数の照明と看板が溢れる商店街を、一人駆け抜けていた。
    「知りたい・・・。理由はどうだっていい。この歌を。これを歌っている人を・・・。俺は、知りたい!」
    体の芯を熱くする衝動に駆られ、ジェイドはただ一人、徐々に近づいてくる歌以外には何も無い町を錯綜していた。


    商店街の閑散とした広場で、レナ・リックスは一人歌っていた。

    誰に聞かせるわけでもなく、静かな場所で練習したい。それも、一人になれるような場所で。
    レナは、今日のような日の商店街は人の入りが少ないことを知っていた。

    だから、普通なら誰も歌わない場所で歌っていたのだ。

    -いつか分かってくれるはず。私はここで、あなたを待ってる。

    自分の中の気持ちを信じて。たった一つの心を信じて-

    レナは、自分で歌を作って歌っているような、歌が好きな少女だった。

    今でもその思いは変わらず、将来はもっと多くの人に自分の歌を聞いてもらいたいと夢見ている。
    今はその為の歌作りをしている最中だったが、最後の部分の歌詞がどうにもピンと来ないらしい。
    「はあ・・・どうも最後だけインパクトが足りないな。

    「心」だと何か違うし、かといって「思い」でもないしなあ・・・どうしよう?」
    レナは、自分の書いた歌の最も重要な部分の歌詞に、何かしらのインパクトが無いように感じていた。

    一応ラブソングではあるらしいが、最後の言葉がどうしても思いとして伝わり辛いらしい。
    誰かに意見を求めたかったが、元々内気さ故に一人で練習していたのだから、

    誰も聞いているはずもないし、仮に聞いていても大して意見もくれないだろう。とレナは諦めていた。
    「駄目だ。こんな調子じゃ誰も私の歌を聞いて元気になってくれない・・・。

    今日はもうやめようかな。どうせ聞く人もいないんだし」
    レナは、今日はもう諦めて家に帰ろうとしていた。

    町の静けさは、そんなレナの心をより重くするように閑静だった。

    ふと、レナは自分の後ろに誰かの気配を感じた。

    振り向いてみると、銀色の髪をした自分と同じくらいの青年が、息を切らして立っていた。
    ジェイドは、レナを見つめて、微かに息を切らしながら静かに歩み寄った。

    そして、レナの瞳を見つめて、静かに語りかけた。
    「もう一度・・・今の歌、歌ってくれないか?君の歌を聞きたくて・・・ここまで走ってきた。

    頼む。俺に君の歌を聞かせてくれ」
    レナは突然の言葉に少し困惑した。誰も聞くはずの無い歌を、この人は聞いてくれていた。

    それも、自分の歌を聞くためだけに、ここまで走ってきた。
    嬉しさと驚きの入り混じった感情が、レナの心の中を駆け巡った。

    それをジェイドは、静かに熱を帯びた眼差しで彼女を見つめた。
    「いいですけど・・・最後の所の部分がどうにも納得行かなくて・・・。

    もしよかったら、聞いた後に感想をくれませんか?どんな感じがいいか・・・」
    「ああ。分かった。俺なんかの意見でよかったら、いくらでも言わせてもらおう」
    その言葉を聞いて、レナはもう一度歌う気持ちを燃やした。

    自分の歌が、誰かの心に響いてくれていた。なら、その誰かに納得してもらえるような歌を作ればいい。
    レナは、肩に背負っていたギターを取り出し、静かに旋律を奏で始めた。

    ジェイドはそれを聞いてゆっくりと、心を振るわせる何かを確かに感じていた。
    一つの歌が、この町に二人だけの時間を作り出し、それは確実に二人にとっては充足した時間だった。

    レナの歌は、確かに未熟な部分もあるが、ジェイドにはそれも含めて心地の良いものだった。
    ジェイドは彼女の歌の歌詞を真剣に聞きながら、先程自分を惹き付けた感覚の正体を今一度考え直していた。

    何故自分は、この少女と歌にここまで惹き付けられたのか。
    そして今何故、彼女が歌っている姿を見てここまで心が熱くなるような感覚に襲われるのか。

    しかしいくら考え直しても、その答えは出なかった。

    やがてレナの歌も終わり、二人の間にはまた静寂が戻った。

    ジェイドは、その静寂と同時に自分の意識を自分の内側から外へ向けなおした。
    「どうですか・・・?最後の方、何かありますか?後、自分の歌、どうでした?」
    レナは、やや恥ずかしそうに自分の歌を聞いてきた。

    ジェイドはそのレナの表情を見て、また先程と同じような感覚に襲われた。
    「あ、ああ・・・。いい歌じゃないか。もっとその・・・自信、持ったほうがいい。

    こんなにいい歌を歌えるんだからな。最後の歌詞だが・・・それは・・・」
    ジェイドはその感覚のせいか、自分の心の整理がまだ出来ていない状態で感想を述べた。

    そのため、しどろもどろになってしまった。
    レナは、そんなジェイドを見て少しクスッと微笑を浮かべた。ジェイドはそれが少し恥ずかしくなった。
    「面白い人ですね、あなた。ひょっとして・・・女の子と話すのは初めてだったりするんですか?

    やけに照れてますけど」
    「ああ・・・。元々人とは話さないからな。特に女性とは話す機会もないし・・・。変か?こういうのは」
    レナは、照れたジェイドを見てそう感じていた。

    初対面のはずなのに、ここまで普通に話せる人も珍しい。それはジェイドも同じだった。
    ただ、彼女からは何か惹かれるものを感じる。ジェイドはその感覚の正体が未だにはっきりしなかった。

    レナも、そんなジェイドに何か惹かれるものを感じていた。
    静かな町の中には、彼ら二人を阻めるものは無く、ただ二人だけの時間が過ぎてゆくのだった。

    そうこうしている間に日はとっくに暮れてしまい、辺りは夜になっていた。

    ジェイドもレナも、少し長話をしすぎたと思い、焦って話の切り口を探していた。
    「じゃあ私、今日はもう帰らないと・・・。日も暮れちゃったので。今日はありがとうございました」
    レナが帰ろうとすると、ジェイドは彼女を呼び止めた。レナはすぐに振り向き、ジェイドを見つめた。
    「明日、俺も歌詞を考えてくる。だから・・・またここで会えないか?今度はきっとだ。約束する。だから・・・!」
    ジェイドは、自分でも何故彼女を呼び止め、そしてこんな約束をしたのか分からなかった。

    衝動的な物だったが、ジェイド自身もそれは望んではいたことだった。
    もう一度、彼女に会いたい。出来ることなら、もう少し一緒にいたい。そんな気もしていた。
    「・・・分かりました。そういえば、あなたの名前、聞いてませんでしたね。私はレナ。レナ・リックス。あなたは?」
    「・・・ジェイドだ。ジェイド・ガクター。じゃあ、また明日、ここで!」
    ジェイドは、先程と反対方向へ向かって駆け出した。

    当然家に帰る為でもあったが、何より彼女ともう一度会えることが嬉しく思えたのだ。ジェイドは確信した。
    (間違いない。俺はあの子に、レナに・・・恋をした!

    そうでもなければ、こうまで彼女のことは思えていないはずだ。俺は、恋が出来るんだ!)
    レナは、そんなジェイドの背中を静かに見つめ、自分もジェイドと同じ感覚を感じていた。

    普通の息が合うだけで終わらない、特別な気持ちを。
    「・・・さようなら、ジェイドさん。また明日、二人で会えるといいですね。今度は、二人で歌を作るんですから」
    レナはそう呟いて、ジェイドと反対方向へ向かって歩き出した。

    二人の間に、ほんの少しの静寂の空間が広がってゆく。
    そして、ジェイドの鞄の中のデータキーに描かれた<メスゲージ>のセンサーアイは、

    それを見つめていたかのように、怪しく光を反射させていた。

  • Ep.13

     

    この所、ジェイドの様子が少しおかしいとレントは感じ始めていた。
    とは言え、別段体の調子が悪そうとかおかしな事を嘯き始めたというわけでもない。
    ただ、ここ最近、それも昨日辺りからややいつもの彼らしくない感じ
    がする。特に、授業中に何やらボーっとして明後日の方を向いていたり、
    訓練中でも、以前に比べてやや動きの切れが悪くなったような感じがするのだ。
    それでも敵を倒せているのだから、あまり問題ではないのだが。
    それに、授業中や休み時間にしょっちゅう何かのメモ書きをするようになった。
    MWの事でも、授業のことでもなさそうなので、レントはそれが余計に気になっていた。
    それも、この数学の授業中に平然とやってのけている。以前、ジェイドのテストの点数は89点だったので、
    さほど心配する必要も無いといえば無いのだが。
    「ええと・・・ここの歌詞はこうのほうが良いかな?いやでも・・・前のままでもいい気はするなあ・・・?」
    歌詞と言ったか。ということは、あいつは歌を作っているのか?
    レントは、ジェイドに歌を作る趣味があるとはどうにも思えなかった。
    そこまで文化的な奴ではないだろうし、何より唐突過ぎる。
    きっと、何か別のきっかけがあるのだろう。レントは一応そう考えてみた。
    それでもレントには、歌詞を熱心に作るジェイドの目に、今まで彼から感じ取ることの無かった、
    活き活きとした心の喜びを感じとった。
    「昨日のお前に何があったか分かんないけどさ・・・。そんな目が出来るってことは、好い事あったんだな」
    レントは、ジェイドの心境を少しばかり感じ取って、珍しく授業のほうに頭を戻した。


    ラサキアの国は、国を覆う巨大な「垣根」で覆われている。
    その目的は外敵から国を守るという非常に単純なものだが、
    その「垣根」の影響で外部からの物資の搬入がやや難しくなっている。
    というのも、物資搬入用の通用門が非常に少なく、垣根の大きさが850平方㎞であるのに対し、
    通用門の数は大凡で10~20個と非常に少なく、またその通用門の大きさ自体も小さく
    それも基本的に首都部に近い場所にしか設けられていないため、一部の地域には稀に物資が行渡らない場合がある。
    また、国家予算の関係上か、そのセキュリティも万全とは言えず、あると言えば監視カメラと
    簡単なスキャナー程度であり、探知できるものは爆薬かそれ以外の危険物(銃器や必要以上の重機)程度であり、
    外見だけの頑丈さだといえる。


    そんな「垣根」に今、一台のトラックが近づいていた。
    「エクーデス器械」と車体にペイントされており、見た所は単なる工業関係の会社とも思える。
    検閲官はこの所仕事も無く、退屈そうにしていたところにいい客人が来たと、退屈から解放された気分になった。
    「止まれ。荷物の中身と使用目的を確認したい。
    この所、ダブラーが多く出るもんで、国も一応ピリピリしている 話だからな」
    車内の男はそれに応じて運転席の窓を開け、明細を取り出した。明細には
    《旧式HW一機。使用目的、ラサキア国立銀行の補修》どうやらこの男の目的は、国立銀行の補修作業にあるらしい。
    以前より爆弾などに対するフレームの耐衝撃性が問題視されており、今回、
    HWを使って工事を円滑に運ぼうとする魂胆だろう。
    検察官は問題無しとのサインを出し、通用門の扉を開けた。


    学校も終わる時間帯になり、ジェイドは少し掛けてあった時計を気にした。
    今頃彼女も学校が終わった頃だろうか?
    だとすれば、待ち合わせの時間に―。
    「ジェイド!早く立ってよ。もう起立って言ってあるんだから・・・。真っ先に立つあなたが、どうかしたの?」
    「い、いや、何でもない。・・・皆してそんなに睨まないでくれ。ちょっと遅れたぐらいで」
    レントはさすがに些細なことで睨みはしなかったものの、貧乏揺すりを始めている。
    それほど自分が立たなかった時間は長かったのだろうか?
    ジェイドは、自分が少しレナのことで考えを支配されているという認識を覚えた。
    しかしそれも、待ち合わせの場所に向かう足と、
    レナにまた逢いたいという感覚によって掻き消されてしまった。ジェイドは、
    この頭の中のやり取りに少し不快感を覚えた。
    「俺は・・・恋が出来るからといって、そこまでその感覚を欲しがるものだろうか?
    俺だけが考える話ではないはずだ・・・」
    ジェイドは、待ち合わせの時刻が4時と、
    少し遅いことをいいことに、少し自分の頭を整理しようとゆっくり行くことにした。


    青いギターケースを背負いながら、レナは再びあの場所―昨日ジェイドと会った商店街の広場へと向かっていた。
    思えば、初めて会ったばかりだというのにこうも会うのが待ち遠しいものだろうか。それも、たった一日で。
    「あの人のこと・・・どうしてこんなに気になるんだろう?
     ひょっとして私、あの人に・・・一目惚れでもしたのかな?なんて」
    そんな「冗談交じり」の考えをしながら、レナの足は先程よりも軽快に商店街の方へ向かっていった。
    「私もちょっと歌詞の中身、変えてきちゃった。
     ジェイドさんはどんな風に聞いてくれるかな?気に入って貰えれば
    嬉しいんだけど・・・」
    ジェイドともう一度話がしたい、また歌を聞いてもらいたい。
    そんな気持ちに突き動かされながら、レナは青空の下を歩いていくのだった。


    P.M3:40

    国際銀行の前に差し掛かると、そこは補修作業中だった。
    今日は二人で少しお茶でもしようとお金を下ろそうかと思っていたのだが、
    補修中となると仕方が無い。レナは少し残念そうな表情を浮かべた。
    「二人でちょっとお茶しながら話したかったのに・・・
    この辺、ここしか銀行無かったから、もう引き落とせないなあ」

    ラサキアには、国際銀行以外の銀行の支店が存在しない。
    それは、ATM等の自動現金引き落としのシステムの場合の危険度が
    電子技術の発展と同時に重要視され、既存のパスコード方式ではある程度の法則性や
    プロトコル等が露見する場合があるため、ラサキアではATMや他の銀行を無くし、
    国際銀行で全て管理することによってある程度の危険性を回避しようとしたのである。
    しかしそれは、今回のレナの一件のように、不便性を同時に齎す結果ともなったのである。


    「突然失礼ですが・・・ジェイド・ガクターさんのことで少しお聞きしたいことがあるのですが」
    突然掛けられた声にレナが振り返ると、そこにはいかにも工事現場で働いている風貌の男が立っていた。
    体つきだけでは確かにそうだと頷けるが、レナはこの男から只ならぬ殺気のような物を感じていた。
    ジェイドに向けられている、殺気のような物を。
    (ひょっとしたらこの人・・・ジェイドがMWに関係あることを知ってる?
    もしジェイドがそれで狙われてるんだとすれば・・・?)
    そう考えたのは、この男がジェイドの事を聞いてきてすぐのことだった。
    反射的に考えが生まれたとも思える。
    だとすれば、このことをジェイドに話さなければ。
    レナは、この男から「逃げたい」と考えた。一刻も早く、ジェイドの元へ。そう考えていた。
    「すいません・・・今は急いでるんです。なので・・・答えられません!」
    レナは走った。急ぎ足だといえば、相手も納得するだろう。
    レナは、無我夢中でジェイドとの待ち合わせ場所に駆け出した。
    「さては奴・・・勘付いたのか?だとすればただでは済ませんな!待て!」
    その男は、何かを悟られたのを危険に思ったのか、レナの後を追った。
    レナは、ジェイドの元へ辿り着けるのだろうか。

    P.M3:45
    その頃ジェイドは、レナとの待ち合わせ場所で、一人あの歌の歌詞をもう一度見直していた。
    退屈しのぎというのもあるだろうが、何よりも自分の気持ちも含めて書き直してきた歌、
    それが本当に通じるのかどうかをもう一度検討していたのだ。
    「さて・・・彼女は来てくれるだろうか?そして俺の歌を快く受け入れてくれるだろうか・・・」
    その歌の歌詞が書かれた小さなメモを見ながら、ジェイドは一人時計を見ながら願うように呟くのだった。

    するとジェイドは、人影の中を走ってくる女性を見た。
    青いギターケースから、すぐにレナだと分かったその姿は、妙に焦りの表情を浮かべている。
    待ち合わせ時間には、まだ15分も余裕があるというのに。ジェイドは少し不思議に思った。
    「おーいレナ!こっちだ!」
    ジェイドがそう呼びかけると、レナは更に足を速め、ジェイドの方へまっしぐらに進んできた。
    昨日とは違い、人で賑わう商店街の人ごみを掻き分け、レナは一心不乱にジェイドの元へ向かってくる。
    掻き分けた人混みの先の、ジェイドの目前まで辿り着いたその時、レナの顔には安堵の表情があった。
    そしてジェイドの元まで辿り着くと、レナは―ジェイドに抱きついた。


    ジェイドは困惑した。それもそのはず。いきなり女性に抱きしめられたのだから。
    その顔は、既に茹蛸の様に真っ赤だった。
    「・・・レナ?どうしたんだ?何もいきなり抱きつくなんてことは・・・」
    「無事だったんですね?良かった・・・。あなたを狙ってる人に追いかけられてたから、
    てっきり襲われてるものかと・・・」
    ジェイドは二重の困惑を覚えた。抱きつかれた事と、自分を狙っている存在がいること。
    その困惑で少し冷静に判断することが出来なかった。
    「・・・俺を狙った奴が、どうして君を狙う?君は俺のことを知っているとはいえ、
    まだ詳しくは知らないし、それにMWのことを知っているわけでは無いだろう?」
    「きっと自分がそういう人間、つまりはダブラーだって勘付かれたから、
    その口封じじゃないかと・・・。怖かったんですよ!」
    ジェイドは、レナの話を聞いて心の芯から憤りの感情が込上げてきた。
    自分だけならいざ知らず、何も知らないレナまで襲うとは。
    ダブラーというのはそこまで姑息な連中だったのだろうか。
    そう思う中で、ジェイドは脳裏に響く「何か」の声を感じた。
    "探せ、まだこの中に入るはずだ。そんな奴を許すわけには行かないだろう。探せ、ジェイド"
    「どうかしたんですか?何かに取り付かれたみたいな顔して・・・ジェイドさん?」
    ジェイドは、その声を知らないはずが無かった。その声は、自分が戦っている時にも聞こえてくる。
    自分の声のようで違う、そんな声だ。ふとジェイドは、胸のポケットの中に妙な感覚を感じた。
    胸ポケットには、自分の「データキー」が入っている―。
    「メスゲージだ・・・!”レント”、行くぞ!”サレン、”レナを頼んだぞ。
     じゃあ、少し行って来る。すぐに戻るさ」


    先程からジェイドを「着けていた」レントとサレンは、
    自分の存在がいつごろからジェイドにばれていたのか分からず、仰天した。
    この所妙におかしかったジェイドのその理由を探るべく、二人は彼を尾行していたのだ。
    「ったく、ばれてたとはな。まあ、お前のことだ。気配か視線で分かってたんじゃないの?」
    「そういうことだ。学校を出る段階で分かってたよ。ストーカーまがいをした罰だ。付き合ってもらうぞ」
    ジェイドはレントに軽く皮肉を掛け、レントは少し自分の行いを自虐しながらも、
    ジェイドと共にレナの元を離れた。
    「じゃあサレン、この子の事頼んだぜ。ジェイドの大事な「彼女」なんだ、しっかり守っといてやれよ!」
    「分かってるわよ!任せなさい!二人とも、ちゃんと帰ってこないと二人とも許さないんだから!ね、レナ!」
    「・・・はい!レントさんもジェイドさんも、ちゃんと帰ってきてくださいね!でないと、怒りますよ!」
    二人の言葉に、ジェイドとレントはサムズアップで返した。そして二人は、その「根源」を探しに、
    商店街の人ごみの中へ入っていった。

  • Ep.14

    レントとジェイドは、レナを付けてきた「男」を捜し、商店街の人込みの中へと飛び込んでいた。
    レントはこういう雑多で騒がしい所での人探しが苦手だった。人が多すぎて判別が難しいので、
    面倒くさいという気持ちもある。面倒くさがり屋の性分というものである。
    しかし実際のところは、ガヤガヤとうるさい所が嫌いというのが本音だった。人々が何を言っているのか
    分からず、その不協和音となった言葉が延々と耳の中に入ってくる。人と比べるとやや聴覚過敏気味な
    レントにとっては、ストレスを溜め込む要因のひとつでもあった。
    「ったく・・・ジェイドの奴、本当は俺がこういうの嫌いだって知っててやらせてるな・・・!」
    これが自分をストーキングした自分に対する「仕返し」なのだろうか。とレントは考えた。
    とはいえ、一応相手がダブラーということであるので、それなりに集中して探せることが僥倖だった。
    「さあて・・・俺の友達の恋路を阻もうとする奴、このレントがこてんぱんにしてやるぜ!」
    胸のポケットの<データキー>から感じられる闘志を自分に言い聞かせ、レントは雑踏の中を錯綜した。


    一方のジェイドはレントの様に人込みが嫌いというわけではなかったが、その視線はどうにも
    覚束無かった。レナの言った「工事服の男」というのがアバウト過ぎて、人物の特定が出来ていないのだ。
    せめて色ぐらいは聞いておくべきものだったと、ジェイドは少し自分の手際の悪さを後悔した。
    「これでは埒が明かんぞ・・・。どうにかして彼女から聞き出さねば。とはいえ、大分離れてしまったな」
    ジェイドが後ろを振り返ってみると、レナ達のいた広場は既に視界の奥に追いやられ、引き返すには
    遠すぎる距離になっていた。おまけに人込みがあるので、迂闊に逆走は出来ない。万事休すか。
    「・・・そうだ。VBPでレントからサレンにレナに繋いでもらえるように頼めれば!電波は・・・届くな」
    ジェイドは咄嗟に考え、腕時計型携帯端末「ビデオブレスフォン(VBP)」を開き、レントの番号に連絡した。


    VBPは折り畳み型の2つのモニターディスプレイからなり、下側のタッチディスプレイで
    番号を入力し、相手とビデオ通話を行う端末である。2030年代から機能のアップグレードを繰り返しており、
    戦後も長きに渡ってマイナーチェンジ機種が出回っている信頼性に優れたツールである。また値段も
    2010年代に普及したスマートフォンタイプより機能を通話に限定しているため、安価となっている。
    学生にとっては必需品であるといっても過言ではない代物で、鉄騎学園の生徒の約8割が持っている程である。

    「もしもし、ジェイドか?野郎は見つかったのか?こっちは早くこの人込みを抜け出したいんだよ!」
    人込みの中にいるのが疲れたのか、レントの顔色はやや優れなかったが、それは今はどうでもいいことだった。
    「抜け出したいなら、サレンにレナと話をさせてもらえるように頼んでくれ。このままでは埒が明かんぞ」
    ジェイドの指示から、レントは「ああ、そういうことか」と心の中で合点した。
    「ちょっと待ってろ。サレンにコールする。あいつからお前にかけさせるさ」
    レナに犯人の特徴を聞きだし、それと思しき男を見つける。ジェイドの目からレントはそれを読み取った。
    早速サレンの番号にコールすると、すぐにサレンのオレンジ色の瞳が視界に入ってきた。
    突然コールされたからか、サレンは少し戸惑ったような顔をしている。
    レントはそんなサレンの顔を密かに笑いながら、サレンに用件を伝えた。

    「で、何なの?まさか、人が多すぎてジェイドと逸れちゃったの?子供みたい!」
    「逸れてません。それよりも彼女に代わってくれ。追ってきた奴の特徴を掴みたいんだそうだ」
    冗談だとは分かっていても、サレンに言われると何故か頭が上がらない。小さい頃から、逸れた時には
    ずっとサレンが自分を諭してくれていたからだろうか。ふと、レントの頭にそんな考えが浮かんだ。
    「ジェイド、今そっちにかけさせるからちょっと待ってろ。サレン、早くしろよ!」
    急かされたのが嫌だったのか、サレンはレナにやや駆け足で用件を伝え、ジェイドのVBPにコールしようとすると、
    レナはサレンの手を止め、少し大きく息を吸った。そして少し意味ありげな顔をして、サレンにこう言った。
    「すいません、サレンさん。ちょっとジェイドと二人で話をしたいんです。今日のこともありますから」
    「ええ・・・。分かったわ。じゃあ、ジェイドの番号に、あなたからラブコールをしてあげて」
    それはサレンの軽い冗談だったのだが、レナはまんざらでもなさそうな顔で頷き、ジェイドへのコールボタンを押した。


    「やあ、レナ。君を追ってきた奴の特徴を聞きたいんだが・・・思い出せるか?」
    「その前に・・・今日は御免なさい。あなたやお友達まで巻き込んでしまって」
    突然レナが謝ってきたことにジェイドは返す言葉がすぐ見つからなかった。そもそも、今回レナが襲われた
    発端は自分にあるはずだ。謝らなければいけないのは、本当は自分のはずだ。

    なのに、彼女に先に謝られてしまうと、ジェイドは立つ瀬が無くなってしまった。

    レナは、再び顔をジェイドの正面に向けた。ディスプレイ越しでも、
    彼の顔を見つめておきたい。そんな思いに彼女は突き動かされ、真っ直ぐジェイドを見つめた。
    「でも・・・何だかこれはこれでいい機会だったと思います。

    あなたがどういう人なのか、これで分かったような気がしますから」
    「・・・俺もだよ。君が本当は、心の強い女性なんだって。俺の事を守ろうとしてくれていたんだろう?」
    ジェイドもレナも、今この時でお互いの何かが分かったような気がしていた。

    外見や一度話しただけでは分からない人。
    それが今はこうやって、相手の気持ちがどこと無く分かる。ジェイドもレナも、今はその確かな感触を得ていた。
    「そういえば、その追ってきた男の人の特徴でしたね・・・。

    確か、青い作業服を着ていました。肩の方に「エクーデス工業」って書いてありました」
    「エクーデスか・・・。分かった、ありがとう。それと・・・帰ったら、どこか喫茶店でも二人で行こうか」
    「・・・はい。だから、ちゃんと帰ってきてくださいよ。待ってますから」
    レナはそのジェイドの誘いに静かに頷き、VBPの回線を切った。


    「レント、手掛りが掴めた。青い工事服で、肩に「エクーデス工業」というステッカーを付けているらしい」
    「よっしゃ!これである程度の目星は付いたな。早めにかたしちまおうぜ!」
    ジェイドからの連絡を受けたレントは、先程より一層目を凝らし、雑踏の中にその男の姿を捜した。
    工事服を着ながら商店街を歩く人間等は恐らくそうそうはいない。

    仮に色が似ていたとしても、肩のステッカーで判別できる。頭隠して尻隠さず。

    もう少し利巧に動くものかと思っていたが。
    「ダブラーってやっぱりどこか単純なんだよなあ・・・。この間のあの人みたいで」
    先日戦った、あの紅いMW-確か「アイラム」と言ったか?

    そのパイロットもかなり単純だったと少し思い出しながら、レントは再び雑踏の中に視線と意識を戻した。

    早めに見つけてやらないと、ジェイドも自分も辛い。
    「どこだ・・・早いとこジェイドにデートさせてやりたいってのに!」
    妙な冷やかしの心なのか、それとも本心なのかは定かではなかったが、

    ふとそういう想いがレントの心に浮かんでいた。

    路地裏を捜していたジェイドは、エアコンの排熱機の熱風にさらされていた。

    轟々とうるさいだけではなく、妙に蒸し暑い風が湿度のたまりやすい路地裏を更に蒸し暑くする。

    工事服である以上、蒸し暑い路地裏を通るはずが無いとは思っているが、

    大穴を狙ってジェイドは路地裏を捜してみることにしたらしい。
    「ここにいてくれれば僥倖というものだが・・・。それにしても、ここまでエアコンを使うほど暑いか?今日は」
    本日気温は29度。夏場にしてはやや涼しい程度の気温ではあると思うが、それでもエアコンはフル稼働している。
    少しの暑さも妥協できない、狭苦しいラサキア人の心というものだろうか。ジェイドはそんな雑多な考えをしていた。
    そんな中ふと、ジェイドの視界に工事服の男が入った。青い工事服で、肩にはステッカー。もしや-。
    何やら話をしているようだが、エアコンの排熱機の轟音でそこまでは聞き取れなかった。
    「奴か・・・散々捜させてくれて・・・。一人では少し不利だ。レントに信号を送るか・・・」
    電話が終わったタイミングを狙って、奴を問い質す。

    もし抵抗してきた場合、ある程度は対応できるので支障は無いはず。
    自分を狙ってきた理由は一体なんだったのか。ジェイドはやはりそこがどうしても気がかりだった。
    「何故俺は狙われたんだ・・・。MWのライダーであるという事ならそれなりに合点は出来るが・・・」
    もしそれ以外の理由があるとすれば、それは一体何だろうか。

    ジェイドは男に歩み寄る中、密かにそう考えていた。

    男は電話を切り終わり、周囲に人がいない事を確認しようとしたが、その後ろにはジェイドがいた。
    男は聞かれたかと不安そうな顔をしたが、同時に獲物が目の前にいたので逆に好都合とも感じた。
    「まさか自分から出てきてくれるとは・・・彼女はやはり君の事を知っていたようだな。情報どおりだ」
    「誰から聞いたかは知らんが、何故巻き込んだ!

    俺だけならいざ知らず・・・目的は何だ?俺を狙って、何をするつもりだ」
    憤りと疑問が籠った感情を相手にぶつけると、男は大して同時もせずにその口を開いた。
    「それはこちらも分からない話。あくまでも”クライアント”がそういうのだからね。君を連れてこいと」
    クライアント。ジェイドはその言葉がどうしても気になった。つまりは、自分を狙っているのはこの男ではなく、
    また別にいることになるはず。データキーが目的なのか、

    それとも自分が目的かは言わなかったが、とかく自分が狙われていることは確かだった。
    「成るほど。俺を向こうが欲しがっている事は分かった。だが、貴様等と一緒に行くほど、俺は安くは無いぞ」
    「その通り。お前らみたいな卑怯もんにジェイドを渡してたまるか!

    こいつはダイヤモンドが幾らあっても買えやしない男だぜ」

    男が振り返ると、そこには明るい茶色の髪をした、女とも思える青年が立っていた。
    レントがジェイドのVBPから発信された信号をキャッチして、その後を追ってきたのだ。
    ジェイドは、相手と話すことで時間稼ぎをして、レントと挟み撃ちにする作戦を立てていた。
    なので、レントに送られていた信号は通常の位置信号ではなく、
    男の後ろの通りから入るルートから入るように位置調整が加えられていたのだ。
    「貴様ら・・・嵌めたな!ここでは場が悪いか!」
    男はそう言うと、一目散に逃げ出した。
    当然機嫌が悪い二人が逃がすわけも無く、全速力で追いかける。
    路地裏だったのが僥倖だった。人通りが少なく、常に相手の姿を前方に捉えられる。
    おまけに邪魔もされない。
    ただ、道路に水内をしているのでやや滑りそうにはなるが、それでもさして問題ではなかった。
    「さっきのあれ、少し過大評価しすぎなんじゃないのか?確かに安くは無いといったが・・・」
    「いいじゃないの!それ位言ったほうが人間の価値って分かりやすいじゃない!特に今日のお前はな」
    まさか、レナとの会話を聞かれていたのか?
    ジェイドは一瞬赤面しながらも、レントが言った言葉を快く受け止めた。
    人の価値は、相手が思うほど安くは無い、か。
    「それと、ネストさんにMW発進スタンバイを頼んどけ。

    ダブラーのことだ、どんなのが出てくるか分かったもんじゃねえぞ」
    「お前に言われなくても分かってるよ。さっきお前の分もまとめて要請しておいた。今頃終わってるだろう」
    発進スタンバイを頼んでくれたのはありがたかったが、どうにも歯切れが悪かった。
    やっぱり嫌味が得意な奴だな、とレントは思った。やはりさっきのは過大評価だっただろうか。


    レント達が商店街を抜けると、銀行の方から轟音が鳴り響いた。
    この音は重機の音ではない。大きなものが町を歩く音だ。
    見ると、銀行側の改修工事のビニールが裂け、中から細身のMWが姿を現した。
    緑がかったボディーに、後ろに長い頭。
    脚部と腕部のフレームは剥き出しで、MWとしてはやや異形と思える姿をしている。
    腕部には、MWが原則使用しないバルカン砲を装着しており、マニピュレーターはMWの5本ではなく3本しかない。
    <UMW-01/S セデュース>は本来作業用メカであるHWをダブラーが不法に改造し、
    略奪、戦闘用にした機体である。運用目的と、その細身の体は中生代の小型肉食恐竜を彷彿とさせる。
    敵に近づき、強襲する様はどちらも同じだ。
    「まずいな・・・早いとこ学校戻って機体に乗らないと!このままじゃ街に被害が出る。サレン達も危険だ!」
    「分かっている!だが、学校までは遠すぎるぞ!せめて車でもないことには・・・」
    二人がそうこう言っている内に、<セデュース>は市内中心部に進撃を開始し始めた。

    このままでは、本当に市街地へと被害が出てしまう。
    また、多くの犠牲が出てしまうのだろうか。
    二人としても、それだけは避けたかった。


    すると、別の方向から再び先程よりも大きな轟音が聞こえてきた。
    増援を呼ばれたのか?と一時は不安に思ったが、この大きな「垣根」を見ると、その考えはすぐに消えてしまった。
    入れる場所が無いので呼べるわけが無いのだ。
    その轟音の正体は、3機の夫々別々にカラーリングされた<ぺデス>だった。
    市民の避難誘導の時間稼ぎの為に、ギャバン率いる<ドル隊>が出撃したのだ。
    その下を2台のMW輸送用のキャリアーが駆け抜ける。
    「レント、ジェイド!早いとこ機体を起動させな!せっかく持ってきてやったんだからさ!」
    そうキャリアーの中から怒鳴るように言ってきたのは、ネストだった。
    どうやら発進スタンバイの際に、距離的に間に合わないと判断して持って来たのだろう。
    「ネストさん!・・・やっぱり分かってますね。間に合いそうに無いと思ったんでしょ?」
    「発進スタンバイをさせるってことは、なんかあるだろうってね。女の勘はよく当たるもんさ」
    ネストの言う女の勘というのが、自分達にとってことを巧い方向に進ませてくれている。
    レントは今日はどうにも運が良すぎるような気もしなくも無かったが、そんな事を考えられる状況ではなかった。
    <セデュース>はあたかも怪獣の様に街を我が物顔で歩き、人々は逃げ惑っている。
    放っておけるような状況ではないし、
    何よりもサレンやレナにも危険が及ぶ。
    二人としてはまずそれを避ける事が第一優先事項だった。
    「レント、行くぞ!あまり野放しには出来ない。ドル隊が避難誘導をしてくれているとはいえ、限界があるしな」
    「分かってるさ。レナやお前だけじゃなく、関係の無い人も危険な目に遭わせる・・・許せねえな!

    行くぞ、ラスゲージ!」


    レントとジェイドはMWのコックピットに乗り込み、データキーを挿入する。
    近頃はデータキーを差し込む手順を省くことが多かったので、レントにはやや新鮮な感覚だった。
    体の中の血の流れが、MWのコックピットの狭さとこの状況に適応しようと変わってくる。
    ジェイドもその血液の流れが変わるのを感じ、体が戦いに向かおうとするのを分かった。

    妙に体が火照り、呼吸が荒くなる。
    熱くなっている身体とは裏腹に、ジェイドの心は氷の様に冷えている。
    戦いでは温い容赦は出来ないからだ。
    特に、今回の場合は個人的な感傷が敵に対する心の温さを徹底的に冷ましていた。
    「レナや他人まで巻き込む貴様の根性・・・許すわけには行かんな。覚悟しろよ」
    身体の中心部に怒りを込めたものを乗せた<メスゲージ>が、キャリアーの荷台からゆっくりと立ち上がった。
    さながら悪魔の様に黒い機体がセンサーアイを起動させ、前方の<セデュース>を睨みつける。
    ジェイドの怒りを体現するかのように、黒い機体はその瞳に敵の姿を映していた。
    そして、ジェイドは決意と怒りが籠った感情を、こう敵に向かって言い放った。
    「貴様の様に、卑劣なやり口をする奴を俺は許さん!このメスゲージで相手をしてやる。かかってこい!」

    レントは度肝を抜かされた。普段冷静でああいう一昔前のヒーローのような台詞を言わない男が、
    平然と敵に向かってあのようなことを言うとは。
    普段のジェイドを見てきているだけに、そのギャップの差は非常に大きかった。
    「ありゃ・・・?ジェイドの奴、今回やけに張り切ってるなあ。

    しかもビシッと指まで指しちゃって。ギャバン隊長、どう思います?」
    ギャバンも、その様子に最初は呆然としていたが、少し経つと何かを悟ったように微笑んだ。
    「やっぱり、彼も心の中に熱いものを持ってるんだな。普段は冷静だが、それでも・・・
     さあ、俺達も避難誘導急ぐぞ!二人とも、奴を頼んだ!」
    「隊長・・・。分かりました。俺はジェイドを援護します。向こうには飛び道具がありますからね」
    レントとの通信の後、同じく避難誘導をしているネッドやアニーに呼びかけ、

    ギャバンは敵と対峙する2機のMWを見つめた。
    自分達の後を継ぐであろう若い世代-
    その雄姿を瞳に映し、やや淋しい思いも感じながらも、ギャバンは再び避難誘導に戻った。


    日も暮れる頃になり、空にオレンジ色の光が差し込むようになってきた頃、
    <メスゲージ>と<セデュース>の戦いの火蓋は切って落とされた。
    ジェイドは先程ギャバンに、市街地では極力銃器類は使うなと指示を受けていた。
    MWが携行する90mmハンドマシンガンは、銃弾のバラつきが激しく、遠距離への使用には適していない。
    その流れ弾による市街地への被害を避けるべく、市街地では主に格闘戦が主体となる。
    それがMW戦術マニュアルに記されている一通りの内容だった。
    しかし、レントが言ったように、今回は敵が飛び道具を持っている。
    <セデュース>の腕部バルカン砲は、射程距離は短いものの、

    上下に砲門があるため連射性能は高く、下手をすれば弾幕を張られて接近が困難となる。
    更に、乗り手が乗り手であるためか、
    <セデュース>は加減というものを見せず、無差別に攻撃を行ってくる。
    今のジェイドは、ビルの影に隠れて、策を練るしかなかった。
    「まずいな・・・このままでは一方的だぞ!<ジャミンガー>を使いたいが・・・タイミングがな」
    下手に使えば、味方も敵の位置を確認できなくなってしまうのが、この兵器の不便な所だ。
    しかし迂闊に出れば弾幕にさらされる。
    二人で敵を撹乱しながら攻撃しなければ、手出しも出来ないまま終わってしまう。
    ジェイドは連携の必要性を感じた。
    「レント、いいか。これから<ジャミンガー>を使う。敵が混乱している隙に、
    お前が郊外の方へ誘い出せ。気を取られている間に俺が片をつける!」
    「なるほど。俺が囮になれってか・・・。よし、任せろ!その代わり、止めはしっかり頼んだぜ」
    お互いに視線で了解の合図を送った後、レントがサムズアップをしてきた。
    「任せろ」ということだろう。
    それに釣られてか、ジェイドはそれにサムズアップで返し、二人で作戦に臨む気持ちを固めるのだった。


    「全軍に通達。これから<ジャミンガー>を使用します。
    当分光学センサーが使用不能になりますから、熱紋センサーに切り替えて下さい」
    そういった矢先に、センサー画面が乱れ、光学センサーが使用不能になった。
    <セデュース>は動きが止まり、混乱していることが分かる。
    「へへっ。これの対策を一番に見つけたのは俺だからな。俺には敵の場所は分かるんだよね。さあ、こっちだ!」
    レントは<ラスゲージ>のセンサーを調整し、敵の姿を熱量によって補足させる。
    そしてハンドマシンガンを単発モードにセットした。
    <セデュース>がその足音を響かせると、

    すぐさま<ラスゲージ>がビルの背後から<セデュース>の正面に飛び出した。
    <セデュース>はバルカンを発射しようとしたが、機動性で圧倒的に勝る<ラスゲージ>は、

    空中へとジャンプし、その弾丸を全て避けただけではなく、そのまま郊外の方へ宙を進んだ。
    「さあ来い!戦うんならこんな狭い所じゃなくて、もっと広いところで伸び伸びやろうぜ!」
    当然<セデュース>としても、これが誘いであることは分かっている。
    だが、敵機が眼前にいる以上はそれを追わなければどうしようもない。
    脛部のバーニアを輝かせ、全速力でこちらへ向かってくる
    <セデュース>の機影を感じ取ったレントは、敵が誘いに乗ったことを確認した。
    「よーし・・・そのまま、そのまま。俺に向かって撃って来い!弾薬全部使っちまえ!」
    誘いに乗ったのか、<セデュース>は<ラスゲージ>に向かってバルカンを乱射してくる。
    弾丸の雨が<ラスゲージ>に迫るが、その全ては<ラスゲージ>のシールドによって防がれていた。
    ネストがキャリアーに積んでいたMW用シールドが、よもやこのような所で役に立つとは思ってもいなかった。
    チタニウムテックカーボンメタルのシールドは、MWの装甲やマルチブレードと同じ素材であり、

    非常に堅牢な強度を誇る。
    <セデュース>のバルカン砲の弾丸程度なら、簡単に防ぎ切る事が出来るのだ。
    「ジェイド、お前にちゃんとした舞台、用意しといてやるからな。仕返しは存分にしてやれよ」
    後ろを静かに歩く<メスゲージ>に<セデュース>は気付いていない。
    黒騎士は、既にその刃を握り、その時をただ待つのみであった。

    日は既に山のほうに入り、紫色を帯びた雲が空を彩る。
    微かに入る夕日の光がMWを照らし、その姿にはやや哀愁をも感じさせる。
    <ラスゲージ>が敵機を郊外の方まで誘い出すと、そこは人が少なかったからか、避難は既に完了していた。
    静寂が街を包み、明かりも灯っていない。
    どこか淋しい印象もあったが、その前に目の前の敵機を倒さねばならない。
    既に<セデュース>のバルカン砲は撃ち尽され、予備弾倉は所持していなかった。
    恐らく、門の所の検問所でチェックに引っかかるので持って来れなかったらしく、先程の弾薬も
    「垣根」の中で内通者によって渡されたものだろう。
    レントは、ジェイドが仕掛けるタイミングだと感じ、ジェイドに通信を開いた。
    「今だ!奴も弾が切れた!もう武器は無いはずだ!行け、ジェイド!」
    <メスゲージ>は静かに頷き、敵機の背後から<セデュース>目掛けて大地を駆けた。
    するとそれに気付いた<セデュース>は、上腕部のポケットから小型のナイフを取り出し、
    <メスゲージ>へ突きつけたが、それは腕を掴み取られた後の話だった。
    「小細工はそれで終わりか!?つまらん奴だな・・・今日の仕返しはさせてもらうぞ!」
    刹那、<メスゲージ>が<セデュース>の首を掴み、それをフレーム部分から引きちぎったかと思うと、
    すぐさまマルチブレードを取り出し、バルカン砲が着いた左腕を切り落とした。
    センサーアイの輝きが、その姿に一層の恐怖を与える。
    そして、中世の敵を討ち取った将軍よろしく、<セデュース>の首を持ち上げ、頭上に翳すのだった。


    この様子をネストのキャリアーから見ていたレナは、その姿に恐怖した。
    戦争の代弁者とも言うべき存在、メタルウォリアー。
    その狂気性を前面に曝け出した様と言うべき物が、今の<メスゲージ>の姿であり、
    レナはそれに乗っている人間が、ジェイドであるとはまだ知らなかった。
    いや、知らないからこそここまで恐怖しているのだろうか。
    「・・・そんなに怖いかしら?あの機体。まあ、いくらロボットといえども、首持ってるっていうのは怖いわね」
    「サレンさん、MWってみんなあんな感じなんですか?ああやって敵を倒して、哂う様な・・・」
    サレンは少し実感が湧かない言葉を言われて戸惑った。
    ひょっとしたら、自分もそう思われているのだろうか。
    敵を倒して哂う事はないはずだが、それでも周りからすれば恐ろしい兵器なのだろうか。
    サレンは少し腑に落ちなかった。


    それでも、サレンにはある一つの確証があった。MWが、決して恐ろしいだけではない確証が。
    「う~ん、そうでも無いと思うよ?だってほら、ああやって喜んでることも表現できるんだし。ね?」
    見ると、レントの<ラスゲージ>とジェイドの<メスゲージ>がこっちに向かってサムズアップをしている。
    その姿を見たレナは、恐怖心が和らぐとともに、<メスゲージ>の姿にジェイドの姿を重ね合わせた。
    「あ・・・そっか。あのMWのライダーって、ジェイドなんですね」
    サレンは静かに頷き、そうだと言うように微笑んだ。
    すると、ネストが少し冷やかすような目でレナを見ていた。
    「なんだいサレン、それならそうと早く言ってくれよ。この子がジェイドの彼女だって」
    レナはそう言われて赤面した。まだ彼氏彼女という関係ではないのに。
    「違いますよ!会ってまだ二日しか経ってないのに、彼女とか言わないで下さい!」
    その様子にサレンもレナも大笑いし、気付けばレナ自身も笑っていた。
    その様子を通信で聞いていたレントは、ジェイドを冷やかしていた。
    「聞いたか?彼氏だってさ、お前のこと。やっぱりネストさんの勘って良く当たるよなあ。だろ?」
    「違う。俺とあの子はまだ会って二日しか経ってないわけでな・・・まだそういう関係じゃ・・・」
    おや。同じことを言った。とレントは思った。やはりこの二人、そういう関係なのだろうか。
    いや、これからそうなるのだろうか。とレントはジェイドとレナの関係に妙な期待を覚えたのだった。

  • Ep.15

    ラサキアの「垣根」から凡そ20km程離れた所には、かつての地中海が今でも残っている。

    しかし「垣根」によって、隔てられたラサキアの人々の中には、海の色や潮風の匂い、波の音さえも分からない。

    外が今どんな様子で、どの様に様変わりしているかなど、

    「垣根」の中にいる人間にとっては半ばどうでもよくなってきているのかも知れない。
    そんな気持ちを察してか、はたまた近頃の強めの風が原因か、今日の地中海の波は大きく、

    そして激しく岸を打っていた。
    これから起きる、一つの小さな事件の幕開けをひっそりと、しかし大声で「垣根」の中の人々に告げるように・・・。

    地中海の沿岸部にはそれほど民家も施設も無く、漁師の家や小さな漁港がぽつぽつと並ぶだけであり、

    非常に静かである。
    一般的には、夜の漁師町というのは、漁に出て行く船や帰ってくる船で賑わうものだと思うが、

    この世界ではそんなことは殆ど無い。
    かつての戦争によって、沿岸部は壊滅的な打撃を受けた。

    MWによる上陸戦や港等の制圧戦が続き、更には中性子爆弾も使用されたため、

    放射性物質による海水や土壌の汚染は漁業などに深刻な被害を及ぼしただけではなく、
    MW戦によって自然環境そのものが荒廃し、その沿岸近辺に生息していた魚類や生物は、

    危険を感じてその海から出て行ってしまった。
    それから不漁が続き、港や漁師町は活気を失い、また漁自体の儲けが非常にリスキーになったこともあり、

    沿岸部から人々が離れていった。
    以降、海辺の町は皆、ゴーストタウンのようにひっそりと静まり返ってしまった。

    そんなひっそりと静まり返った海辺で、一人の少女が何かを祈っていた。

    恐らく10歳ぐらいだが、その少しの憂いを孕んだ表情は、
    年齢に不相応とも取れるほどの大きな悲しみを表していた。

    誰かここで死んだのだろうか。それとも遭難し帰らぬままとなったのだろうか。
    その感情の正体は定かではないが、彼女は海面に映る月にも祈るように手を合わせ、静かに何かを祈っていた。
    「お兄ちゃん・・・早く帰ってきて。一体どこへ行っちゃったの・・・お願い、お兄ちゃん・・・」
    その祈りを、海が聞き入れたのかどうかは、今はまだ分からない。

    ただ、海の水面はその祈りをかすかに聞き入れたのか、
    ゆらゆらとそこに映る月を、静かに揺らして見せるのだった。

    一夜明け海の時化も収まった。「垣根」の中の普通の人間にとっては正直どうでもいいことだと思う。

    だが、昨夜の時化は比較的波が緩やかな地中海では通常有得ない現象であり、

    このことは普段は雑多な研究に没頭し滅多に機能していない気候学者の関心を集めている。

    ジェイドは今日の朝刊に書かれた記事を見ながら歯を磨き、この時化のことを気にしていた。
    「時化か・・・地中海性気候のこの国でそんなことがあるものなのだろうか・・・。

    戦争のツケがこんな形で帰ってくるとはな」
    そう思いながらジェイドは顔を洗い、荷物を持って家のドアを開け、街の中へと入っていった。

    今から約60年前に勃発し、凡そ10年間続いた「絶滅戦争」以降、

    大量の中性子爆弾が使用された影響で地球の自転速度に若干のずれが生まれ、

    それと同時に大量の放射線や電磁波などにより地球の気候バランスが崩れ、世界各地で異常気象が頻発した。
    例えば、ロシアのツンドラ地帯で局地的な低気圧が発生し、台風が発生。

    タイガの森林地帯に甚大な被害を及ぼした。
    また、南半球のソロモン諸島一体では急激な気温変化によってマイナス5℃まで気温が下がり雪が降り、

    人々に混乱と病魔をもたらした。
    今回のラサキアでの時化も、これらに何かしらの関係性があると見て調査を進めているらしい。
    しかし、気候学者もこれらの異常気象が本当に放射線や自転速度に直接関係しているかどうかということは、
    その研究に対するノウハウ不足から、完全に立証できるわけではない。

    ジェイドは今日はレントから「夏休みに入ってからの予定の相談」があると言われ、喫茶店に呼び出されていたのだ。
    正直自分にとってはどうでもいいことだったのだが、サレンがレナを誘ったというので行かざるを得なくなった。
    いくら彼女が人と打ち解けることが早いとは言え、レントやサレンに任せっきりにさせると非常に心配なのだ。
    「レントの奴め・・・こうでもしないと俺が来ないと知ってサレンに呼ばせたな!」
    勘の良かったジェイドは、レントの悪巧みにいち早く気付いてしまっていたのだった。

    急く足で自転車を漕ぎ、喫茶店に着くと、そこには見慣れたいつもの顔があった。

    レントもサレンも、そしてレナも既に到着していたようで、時計を見ると5分ばかり遅刻していることに気が付いた。
    「遅せえよ。まあ別に俺はいいんだけど、レディを待たせちゃいけないな、ジェイド」
    「そうですよ。男性たるもの、常にレディを気遣うものです。遅刻なんかして待たせちゃ駄目ですよ!」
    レントはまだいいとして、レナの方からそんな言葉を聞くとは思っていなかった。

    冗談だとは思うが、ジェイドの胸にはその言葉が咽に痞えて出て来ない魚の骨のように残ってしまった。
    「まあまあ二人とも、遅刻って言っても5分ぐらいなんだから大目に見てあげようよ。あ、コーヒーでも飲む?」
    「そうさせてもらうよ。俺は朝はブラックを飲んで初めて頭が働くようになってくれるからな」
    何をキザな事を、とレントは少し鼻で笑った。それではこの遅刻も朝のコーヒーの飲み忘れだからか?
    都合のいい言い訳だな。と学校とは何一つ変わらないジェイドの姿に若干安堵しつつもあった。

    「で、レント。夏休みにお前は俺たちを誘って何をしたいと思ってるんだ?つまらん事なら俺は投げるぞ」
    「まだ何にも言ってねえのに、投げるとか言うなよ。実はさ・・・海行こうかなって思ってるんだよね。

    何か一つ位思い出が欲しいし・・・」
    海。全員がその言葉に驚いた。この「垣根」の外にある、蒼く広がる海。

    自分も含めて誰も本物を見たことの無いであろう海。
    昔はそこへ避暑に行ったり海水浴へと行く人もいたようだが、

    核物質汚染が未だ除染されていないという噂もあり、その足は減っていると聞いた。
    「でもレント、海ってまだ除染作業終わってないって話もあるけど・・・それでも行くの?」
    「馬鹿。それを確認することも含めて行くんだ。

    そんな情報が本当にそうとも限らないし、やっぱり泳ぎに行きたいと思うし・・・」
    サレンはレントが相変わらず無茶を言っていると感じた。

    確かにその情報が過去のものであったり、情報管理体制が整っていない際の情報であっても、情報は情報だ。

    現在「垣根」の外にある情報というのは非常に乱雑しており、真実が行き届かない場合が多々ある。
    ひょっとすればその除染云々はもう過去の話なのではないかとレントは言い、それを確かめたいと言うのだ。
    それでも、真の目的はやはり泳いでいい思い出を作りたいということなのだろうが。

    「だがレント、もしそれが未だに真実であったなら、俺達はかなりの危険を冒すことになるんだぞ。

    放射能に塗れてまで泳ぎたいか?」
    「でも、行ってみないと分からないでしょ?なら、まずは行ってみましょうよ。ですよね、レントさん?」
    レナの意外にも積極的な発言に、ジェイドは舌を巻いた。行ってみなければ分からない。確かにそうだ。
    レントが言いそうなことを、まさか彼女の口から聞くことになろうとは。隣で聞いていたレントも、驚きゆえか
    開いた口が塞がっていなかった。そしてレナの言葉に背中を押されたのか、尚更海へという決心を固めた。
    「そうだとも!まずは行ってみようぜ。

    海ってやつを見てみるだけでも俺たちの心には大きな収穫になるんじゃないか?」
    泳げなくとも、海を見れるだけでもいい。

    人の心は自然を見ると大きく変わってくるといい、それだけでも自分達にとっては

    心を育てる糧になってくれるかもしれない。そして何より、海というのは綺麗なのだ。
    「そうね・・・。初めて行こうとしてるんだもん。挑戦してみようと思える心がないとね!自分の心で」
    サレンはレントの言葉を聞いて、どうやら乗り気になったらしい。情報だけでは分からないこともある。
    そこに挑戦してみたいと思ったのだろうか。いずれにせよ、賛成はこれで3人。

    残りはジェイドだけになったが、その答えは、少しだけ渋った表情の中に既に現れていた。
    「お前らにレナを任せるのはどうにも気乗りしない・・・。しかも海でだ。行ってやるよ。俺も」
    レントとサレンは作戦成功といったアイコンタクトをして、静かに微笑みあった。
    レナはジェイドが着てくれることを嬉しく思ったのか、少しホッとした表情になった。
    「決まりだな。それじゃ、明後日に学校前集合で。ジェイド、彼女を迎えに行ってやれよ。道知らないだろうし」
    「お前に言われなくても分かってるよ。じゃあ、レナはその日は俺の家に来てくれ。一緒に行こう」
    そう言うと、レナは静かに頷いた。その後すぐに解散となり、サレンとレナは、すぐさま「服屋」へ向かった。

    近頃はその情報が正しく行渡っていないからか、

    やはり除染が済んでいないと考える人が多く、海へ行く人が激減した。
    その煽りを受け、水着等の需要が激減し、店じまいする専門店が増えた。それからというもの、
    水着は通常の服屋で夏限定で売っている程度しかなくなり、その種類も大きく減った。

    とはいえ、最近はデザインが良いものが多く、リーズナブルにそれなりに高品質のものが手に入るようになっていた。
    サレンとレナは、明後日着ていく水着を選んでいた。

    お互い水着を買うのは初めてで、どういうのを買えば良いのか悩んでいた。
    「ねえサレンさん、これなんかどうですか?水色が基調なので、結構似合うと思うんですけど・・・」
    「いいわね!よし、私はこれにするわ。レナも早く決めてきたら?ジェイドを落とせそうなやつ」
    レナはその瞬間赤面した。自分は決してそんなつもりではないのに。ましてや彼が色気で落ちるような男だろうか。
    ただ、レナはその方法を全面的に否定できなかった。

    もし、そういう手もあるのなら、と。それでも、やはり恥ずかしいのではあるが。
    「でも、どんなの着たら良いかなんて分かりませんよ。私、あんまりオシャレとかしませんから」
    「じゃあ・・・こんなのどう?スカートタイプだから、あんまり露出も少ないし。いきなり派手なの着てもなあって思うし」
    レナはそれも検討するうえで、店内の他の水着を見た。

    だが、自分に似合いそうなものや、あまり派手でないものはあれ以外見当たらなかった。
    「う~ん、あんまり気乗りはしませんけど・・・これ買っちゃえ!」
    「あらま・・・あなたって結構大雑把なのね」
    そうして水着を買った後、二人は帰路に着き、帰って一応試着をしてみるのだった。

    ラサキア沖20kmの海上を、一隻の輸送船が進んでゆく。船体に「ラサキア海上輸送」と書かれているように、
    ラサキア本国に対して海上から物資を輸送している会社の船である。

    主に旧サウジアラビア等の東南アジア諸国が合併した「ジブレストア」から、

    鉄やボーキサイトなどの資源を輸入しているようであり、

    一度海上から運び込まれたものを港でトラックに載せ、「垣根」の中へ運び込んでいる。

    ラサキアの港までは、後ほんの少しという距離であり、やや若そうな顔つきの船長の顔にも安堵の表情が見えた。
    「船長、お疲れ様です。15日も海の上で同じ色の景色見てると、退屈さで気が滅入っちゃいますよね」
    副長と思われる船員の一人が軽い口を叩いてみると、船長は少し苦笑いしながら手元のマグでコーヒーを飲んだ。
    「慣れたさ。一応海には10年いるわけだからな。

    それでも、陸と違って海にはMWなんて物騒なものがない分、快適だと思うぞ」
    「それもそうですよね。出来るならごみごみした陸の上の生活ともおさらばして、このまま船で世界中回りたいですよ」
    退屈といったのは誰だ。という船長の冗談をよそに、

    海上での二人のやり取りは直に帰れるという保証があってのことだった。
    この船長が言うように、海にはダブラーがいない。

    海賊まがいのことをしてくる連中もいるが、規模は高が知れている。
    そう考えれば、海という場所は今のところ地球上ではもっとも平和な場所とも言える。そう、今のところは-。

    ちょうど同じ頃、この輸送船の真下、水深60m付近の海底を「何か」が進んでいた。

    潜水艦にしては小さすぎるし、生物にしては大きすぎる。
    無骨な外見を持つそれは、そのシルエットを人型から崩してはいるものの、

    明らかに「MW」以外の何物でもなかった。
    そのMWは手足を畳んだ巡航形態から、人型の強襲形態へと姿を変え、

    音を立てることなく水面の方へと上がってゆく。
    新型の水圧推進式エンジンによってソナーに発見されることなく相手に近づくそのMWは、

    驚くべき速度で海面まで上がって来た。
    そしてその船の正面に、赤い色をした、海老のようなMWが、さながら怪獣のようにその姿を現したのである。
    静寂を保っていた海に、突如として轟音がとどろき、一瞬にしてその海域全体に緊張が走った。

    「船長!正面にMW・・・ダブラーです!海にMWなんているはず無いって言いましたよね!?何で!?」
    「分からん・・・信号弾で向こうの目を眩ませろ!その隙に最大船速で振り切る!」
    艦長がその命令を下した時には既にMWの腕部の巨大な「鋏」によって甲板が破壊されていた。

    鋏で甲板を破壊するその光景は、怪獣映画そのものだった。
    甲板が破壊された衝撃で船体が大きく揺れ、船長が大きく頭を打ってその場に倒れこんだ。

    先ほど話していた副長は、そのショックで気を失ってしまった。
    頭を打ったショックよりも、

    目の前にいきなり海にはいないはずのMWが姿を現したことのショックの方が大きいだろうか。
    するとその赤いMWは、破壊した甲板の下の倉庫に積み込まれていた、

    鉄やボーキサイトといった鉄鋼類のコンテナをその鋏に収納し、
    倉庫内の鉄鋼類を盗むだけ盗んで、再び海底へと潜っていった。

    艦長はこのことを軍に連絡しようと無線機の前に立った。
    刹那、先ほどの衝撃よりも大きな振動が船体を襲い、徐々に船体が傾いていっていることが艦長には分かった。
    「まさか・・・下から魚雷を撃たれたのか!?総員退避だ!このままでは沈むぞ!」
    船長が船内放送でアナウンスを送るが、既に船内には水が浸入してきており、

    クルーの大半は海水の激流に揉まれながら流されていた。
    残ったのはブリッジにいる船長と気を失って伸びている副長ぐらいであり、

    このままでは船と共に海中へと沈むことになる。
    船長は、気絶している副長を叩き起こし、何とかして脱出する方法を考えたが、脱出艇は既に沈み、
    甲板側から飛び降りようにも、既にかなり傾いていたためそれも不可能だった。
    船が、夜の海に吸い込まれるように沈んでいく中、その赤いMWは再び静かに海底へと戻ってゆくのだった。

    レント達が明後日向かう海岸の方向へと進路を取っていたことなど、誰も知る由は無く、

    海には再び静寂が訪れるのだった・・・。

    つづく

  • Ep.16

    一昨日のダブラーによる輸送船襲撃事件のニュースは、ラサキア市内を騒然とさせていた。
    輸送船が襲われたこともあったが、
    何より軍が驚いたのは、海底からダブラーが現れたという部分だった。

    水陸両用の機体と言っても戦前に軍で一機だけ海底からの強襲揚陸用試作機を開発したことがある程度で、

    決してそれが流通されたとも思えないし、ダブラーにそんな技術があるはずもない。
    新聞を読んでいたノイオルグは、どうもその部分が気になっていた。

    それから、この新聞を何度も読み返しているのだ。
    「どういうことだ?敵がなぜああも高い技術水準を持った機体を持ってる?

    かといって、技術リークがあったとも思えんが・・・」
    ノイオルグの悩みは考えれば考えるほど堂々巡りへと陥り、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回していた。
    「朝っぱらから険しい顔しやがって。そんなにあの「海老」野郎が気になんのかい」
    「海老?何で海老なんだ、あいつ。確かに意匠としては海老としてのものがあるといえばあるが・・・単純だな」
    ネストは、船の録画装置が捉えたMWの写真を見てそう言った。

    軍部では今の所名称も不明なので、頭部のアンテナや腕部の鋏、そしてその体色からこの謎のMWを「海老」と

    呼ぶことにした。コードネームが決まるまでの暫定的な処置だが、あながち早く浸透しているようだ。
    ノイオルグは、ひとまずこの謎のMWの名前がわかっただけでも頭の絡まりが解けた気分になった。

    とはいえ、形や武器だけで名前を決めるとは、軍部の連中は意外に単純な脳みそをしているのだな、

    と感じずにはいられなかった。

    「そうそう、レント達、今日そのMWが出たとこまで泳ぎに行くんだと。

    んで、ラスゲージをキャリアーに積んで持って行ってもらったよ」
    「なっ・・・お前、それはどういうことだ!軍の最高機密を持ち出されるなんざ、あいつらが思い上がるだけだぞ!」
    ネストの突拍子もない発言にネリクは度肝を抜かれ、飲んでいたコーヒーを吹きだした。

    海に行くのはまだ分かるが、MWを丸々一機持っていくとは。
    ノイオルグにはどうしても、その持って行かせた理由がわからなかった。

    そのMWを撃退するにしても、まだそんな作戦は立てられていないし、

    仮に現れたとしても陸戦専用の<ラスゲージ>では水中での戦闘には存分に対処できないだろう。
    「いやなに、一応出た時のために保険としてね。

    それと、水中戦のデータは貴重だしな。何、あいつなら大丈夫さ。でなきゃ、預けないしね」
    やけに自信ありげなネストの言葉に、ノイオルグは疑問と不安を払えずにはいなかったが一応納得することにした。
    レントやジェイド、サレンの事だ。あの3人はお互いをサポートできる。

    ただ、レントが熱くなりすぎるのが、ネリクとしては一番の不安要素だった。
    「行ってしまった以上は仕方ないな。だが何も無しで行かせるわけにはいかん。

    一応「室長」にも行ってもらおうか。彼女にもいい休暇になるはずだ」
    「あいつに行かせんのかい。ちょっと水差すかもしんないけど、これであいつらに何かあったら話にならないしね。

    行ってもらおうか」
    ノイオルグとネストは一応レントのクラスの「室長」に連絡を入れて、彼らのことを一任しておいた。

    幾ら教師という役職であろうと、本来の職務は軍人なので、

    余程のことがない限りは職場を離れるわけにはいかないのだ。

    ノイオルグは早速電話でその「室長」であるイルマ・リェン・ルーに連絡を取った。

    どうやら生徒会の用事で学校に来ていたため、さほど時間は取らずに済んだ。

    イルマはイタリア系の母とアジア系の父を持つハーフであり、レントのクラスの室長と、生徒会長を務めている。
    人当たりがよい性格と、常に冷静かつ的確な判断を出すところから、誰からも慕われる才女である。

    おまけにMWの操縦もレント達に引けを取らず、

    クラスでも上位10位以内の成績を収めた生徒が搭乗できる軍用の<ぺデス>を搭乗機としている程である。
    「で、私に海に行く許可を頂けると・・・。

    ムカイ君やサレンも行ったってことは、何かあるんでしょうね。分かりますよ、それ位は」
    ノイオルグはイルマの勘の鋭さに改めて驚かされた。

    冷静な判断の裏には女性としての勘があることを裏付けている。
    イルマはノイオルグの表情から、

    ひょっとすればあのダブラーの事が不安だから自分を送るのだろうなと言う事も読み取っていた。
    元々カンフーをやっていたイルマは、その技術をMWに用いて戦うだけではなく、

    相手の動きから考えを読み取る際にも使っていた。

    特にノイオルグは実直故に考えがすぐに顔に出る男であり、その心を読むことはさほど難しいことでもなかった。
    「でも、向こうにはあのムカイ君がいるわけで・・・おまけに「垣根」の外にも出れるんですし、最高ですよ!

    その休暇、有難く戴きますね!」
    イルマはそう笑顔で敬礼し、早々に<ぺデス>が待つ格納庫へと向かった。

    どうやらレントの腕前はクラスでも既に特別クラスで、彼女自身も早い内からその腕前と、

    何よりあの独特の「女顔」から生まれる美貌と性格のギャップに興味があったのだ。
    同時に、イルマもレントやジェイドと同じでこの「垣根」という隔たりがどうも好きではなく、

    機会があるなら一度外へ出てみたいと思っていたところだったので、今回の「休暇」は実に都合が良かった。

    外の少し砂塵が多い風を吸うのは、イルマは決して嫌いではなかったからだ。
    「さてと・・・いい休暇をもらっちゃったから、早く行きましょうか。時間は無碍には出来ないものだし。

    ムカイ君、どんな水着着るのかしらね?」
    やや下心を見せた感情を抱きながら、

    イルマは既に自分の<ぺデス>を搭載したキャリアーに搭乗し、垣根の外を目指した。

    丁度その頃、レント達はキャリアーで海の方へと向かっていた。

    「垣根」の外にはよく演習で来てはいるものの、やはり少し風が強く、砂塵が舞っている荒々しい世界だ。

    「垣根」の中の綺麗好きな連中が嫌がるのも無理はない話で、

    環境整備はまったく整っておらず、アスファルトさえも補整されていない。

    岩がゴロゴロと置いてある道なので、ガタガタと揺れて仕方がない。

    おまけに腰に響くので、このまま行けば腰の骨を痛めてしまいそうなくらいだった。
    「すごく揺れるんですね・・・車でこれですから、MWなんかで着地した時なんかはもっと揺れるんじゃないんですか?」
    レナはジェイドにそんな質問をすると、MWにはちゃんとバランサーとショックアブゾーバー(衝撃吸収材)があるから、
    実際車よりもましだといった。

    確かにその通りなのである。正直、<ラスゲージ>のコックピットに避難したい気分だったが、
    自分だけがそれをすると不平等になる。

    レントはそんな気持ちを抑えながら、まだ見ぬ蒼い海を目指して車のハンドルを切るのだった。
    「腰に響くなあ・・・このままだと、老人でもないのに杖を突く羽目になっちまうな」

    それから30分後、レント達の眼前に蒼い世界が拡がった。

    過去の言い方でいう地中海である。

    太陽の光を水面が跳ね返し、見事な輝きを放っている。

    レントやサレン達の瞳に映るその光景は、戦争によって失われた地球の本来の姿であった。
    「凄いな・・・海ってこんなに綺麗なものだったのか・・・!来た甲斐があったぜ。ジェイド、お前も見てみろよ!」
    「ああ・・・レナ、見てみなよ。こんな美しい世界が、俺たちが住んでる世界の向こう側にあるんだ。

    幸運なんだよ、俺達は」
    さっきまでやれ除染だの文句を言っていたのはどこのどいつだ。と言わんばかりの意見の変わりようだった。
    サレンも、要領が良いというべきか、それとも単に意見が変わったのか分からず、少し呆れていた。
    それでも、レントの狙いは一応ここに成功を収めたわけであり、本人としても十分に満足していた。

    正直、このまま海で泳がなくても十分だという感じだったが、

    レント自身が、あの蒼い世界の中に入り込みたいという意思に駆られていた。

    入っていなくとも、自然に浮かんでくる海というもう一つの世界のビジュアルが、

    レントの感覚と心を惹きつけて話そうとはしなかったからだ。

    陸とは違い、光も空気もない暗闇へと続く世界。

    そこで生命は生まれ、地球という星を青く染める。暗闇の中で、生まれてくる命。
    そしてそこへ帰っていく命。地上とは全く違う世界で生きる命のヴィジョンが、レントの中に浮かび上がっていた。
    ひょっとすれば、この蒼い水と闇の世界へ身を委ねれば、自分が一体何者なのか分かるかもしれない。
    レントは、蒼い海を見つめながら、そんな雑多な考えを起こしていた。

    潮風が目を覚ませという様に鼻孔をツンと刺激する―。

    「さあ、着いたぞ!とりあえず、俺は海の様子を見てくるよ。ジェイド、ちょっと<ラスゲージ>の事頼んだぞ」
    そう言うや否や、レントは海の方へ向かって駆け出してしまった。

    ジェイドは、その様子を見てやや呆れつつも、今はレントの気持ちが少し分かるような気がした。
    まだ見たことも触れたことも無いものに対する、憧憬と感激の心。

    レントの心は、今でもずっと少年のままなのだとジェイドは感じた。
    「まるで子供だな・・・だが、今はその感性が世界を生き抜くには必要なことなのかもしれないな」
    人々のエゴが生み出した格差の世界。

    そんな世界で生き抜くためには、その世界の本質を見極める純粋な感性が必要なのかもしれない。
    ジェイドがそんなことをふと考えていると、レナにぐいぐいと背中を押されていた。

    どうやら、着替えるから出て行けということらしい。
    「取り合えず、着替え終わるまで外で待っててくださいね。

    それか、レントさんの機体でも見てたらどうですか?一応頼まれてるんでしょうし」
    レナがドアを閉めた途端、ジェイドは少しやりきれない気持ちになった。

    元々考え事をしている最中に途中でやめさせられる事が嫌いだったこともあるし、
    今回の場合、妙な下心が働いていたこともあって、少々心の中に痞えが出来たような気がして嫌だったのだ。
    「嫌なタイミングで追い出されたものだな・・・。なあ、<ラスゲージ>。お前だって、下心が無いわけじゃあるまい」
    ジェイドは<ラスゲージ>が返すはずも無いと分かった上で冗談を言ってみたが、

    <ラスゲージ>はやや考え込んだように、黙ったままだった。

    レントは海が汚染されているかを確認するために海岸線を歩いていた。

    しかし汚染されたような痕跡、例えば魚の屍骸である様なものは見当たらず、
    持参したガイガーカウンター(放射能測定器)にも別段以上は見られなかった。

    やはり、考えすぎだっただろうかとレントは思った。
    しかしレントは、海岸線を歩いていて、ひとつ妙な違和感を覚えた。磯のほうにも、魚が全くいないのである。
    通常磯のほうには何かしらの小魚なりいてもいいはずなのだが、ここにはそんな魚が一匹もいないのである。
    「おかしい・・・汚染もされていないのに、魚が一匹もいないなんて・・・。

    それだけじゃない、それを食いにくるカモメもいない・・・」
    静か過ぎる。レントの率直な感想はその一言だった。

    人がいなくても、カモメの鳴き声ぐらいはあってもいいはず。だが、ここには波の音しか存在しない。
    異常なまでの静寂に、レントは少しの危険を感じた。

    この海には、何か別の脅威が存在している。

    直感から導き出した答えは、海底で眠る「海老」の存在を既に感じ取っているとしか言いようの無い言葉で、

    レントは海にもう一度目を向けた。
    「何かがこの下にいるのか?それのせいで、魚が海を離れたのだとすれば・・・新聞のあのダブラーなのか?」
    レントはそう考えた後、とりあえずはキャリアーの方へ戻ることにした。

    刹那、レントは海辺の崖で何かを祈る少女を見つけ、不思議に思ったのか、すぐにその崖へと向かった。

    少女は、レントを見つけると少し微笑みかけ、レントはそれに返す様に微笑んだ。

    観光ではなさそうだし、地元の子か?とレントは感じた。
    「よっ。君、こんな崖の上で何をお願いしてたの?いや、別に俺は怪しいもんじゃないさ。ちょっと気になったから・・・」
    少女はレントが理由を聞いてきたことに対して特に怪しむ様子も無く、静かにそのわけを話した。

    悲しみを湛えた目は、未だに変わらず暗い深海のような蒼を映している。
    「お兄ちゃんが早く帰ってきますようにって・・・。

    今ね、変なロボットがこの海にいて、それで魚が来なくなっちゃったの。

    だから、お兄ちゃんなら何とかしてくれるかなって・・・」
    「そうか・・・君の兄さんはどこへ行ったんだ?ずっと帰ってきてないのか?その変なロボットってどんなやつだ?」
    レントがいっぺんに質問するので、少女は少し慌ててしまった。

    レントは、一つずつ話してくれともう一度一つずつ質問するのだった。
    「お兄ちゃん、つい一週間前にどっか行っちゃって・・・

    仕事とか言ってたけど、お兄ちゃん、もう軍隊辞めちゃったのに・・・」
    軍属。なら、後で軍のデータベースにアクセスすれば分かるかもしれない。

    だが、やめてしまったとなれば話は別だ。「ヤメショク」のデータは、基本的には残されない。
    レントは次に、少女が言う「変なロボット」について尋ねた。

    ひょっとすれば、そのロボットが一昨日輸送船を襲ったダブラーかもしれないからだ。
    「そのロボットは・・・確か鋏がついてて、蒼と赤の体をしてたような気がする。

    あのロボットが来てからよ、魚達が取れなくなって、おじいちゃん達が苦労してるのは・・・」
    「君、家が漁師なのか。だから、そのロボットを兄さんに何とかしてほしいって思ったのか・・・。

    分かった、兄さんに代わって、俺が何とかしてやるよ!」

    レントはふと、少女を助けたいという気持ちに駆られた。

    一瞬沸き起こった感情だったが、その理由はレントにとってはどうでもいいことだった。
    昔から、困った人を見ると放っておけなくなる性分だったので、

    今回の気持ちもさほど新鮮なものではなかった。

    とはいえ、今回の場合は自分にそれを成せる「力」があるので、その気持はより一層高まっていた。

    相手がMWなら、こっちだってMWはある。
    こんな幼い子に涙を流させるMWなら、なお黙って見過ごすわけにはいかない。

    レントは海の中から水面を見上げる機体の存在に薄々気づき始めていた。
    そして、かかって来いと言うように、太陽の光を映し煌く水面をただ見つめていた。

    「そうそう。まだ君の名前を聞いてなかったな。俺はレント、レント・ムカイだ。君は?」
    少女は名を尋ねられて少々戸惑ったが、レントを信用したのか、その口を開いた。
    「メイラ。メイラ・ルーマよ。一応これでも小学5年生なの。よろしくね、レント兄ちゃん」
    レントは、メイラの外見とは少し低く見える年齢に驚きながらも、改めてお互いを認識しあった。
    メイラは握手を求めてきたが、レントはそれを優しく拒み、そしてキャリアーのほうへと戻ろうとした。
    「握手はまた後で。任せろよ、俺だって一応MWのライダーなんだからさ。

    その変なロボットもやっつけて、魚が戻ってくるようにしてあげるさ」
    メイラは、レントがMWに乗っているという事実に少し動揺しながらも、

    先程から変わらぬ憂いを湛えた眼差しでレントを見送った。

    レントは、サレン達に悪い事をしたなと心の中で思っていた。

    休暇として、思い出作りとして連れて来たはずなのに、ここでも戦いと関係を持ってしまうからである。

    どうしても余計なことに首を突っ込みたくなる自分の性分ゆえだろうか。
    「ごめんなサレン・・・休みはちょっとお預けだ。俺、やること出来ちゃったし・・・。守りたいんだ、あの子の海をさ」
    レントは心の中でそう考えながら、大分離れてしまったキャリアーの方へ駆け出した。

    そうさせるのは、ただ純粋に守ろうという思いだけ。
    ダブラーとて事情はある。そんな事は分かっている。

    しかし、子供の涙とくれば話は別となるのが、レントという人間の正直さだった。
    「自己満足ではないよな・・・、そうだ、自分が信じた、守ろうと思えたもののために戦ってるんだ!俺は!」
    レントはここで、やっと自分が戦うための一つの理由を見つけた、そんな気がしていた。

    そう。それは自己満足ではないのだ。

    「あら。ムカイ君じゃない。一人で浜辺を走ったりなんかして。サレンたちはまだ着替え中かしら?」
    ふと聞き覚えたその声の方向へ目をやると、そこには自分のクラスの室長のイルマが立っていた。

    教官が不安だから向かわせたんだなという考えに行き着くのに、さほど時間はかからなかった。

    半そでの白いシャツに、スレンダーな体つきがより強調されている。
    「イルマ。教官から「外出」許可、もらったんだな。今から着替えに行こうと思ってたところなんだけど・・・」
    ここは自分がダブラー逮捕に出ようとしていることは誤魔化したい。

    だがイルマは、心を読むことに長けている。とりあえず誤魔化そうと、とっさに出た言い訳がそれだった。
    しかし、そんなことに引っかかるイルマではなく、すぐにレントの心中を見抜いてしまった。
    「分かってるわ。今からダブラーでも逮捕しようと思ってるんでしょ。そんな無茶なこと、室長が許すと思ってる?」
    イルマは、たまに室長という言葉で脅しをかけてくる。

    レントはどうしてもその言葉の前では怯んでしまいそうになるが、今日の場合は話が別だった。
    「悪いな。今回ばっかりは無茶をしないといけないんだ。大丈夫だって。機体壊すほど、柔な腕じゃないと思うからさ」
    「そういう問題じゃないの!今はサレンだっているんでしょう?

    機体を持ってない彼女たちが巻き込まれたらどうするつもりなの?」
    レントは、イルマの単純だが的確な質問に一瞬動揺した。

    確かにそうだ。もしダブラーの流れ弾でも飛んでこようものなら、それこそ大惨事になりかねない。
    しかしレントは、今回は陸上で戦うつもりはしておらず、最も被害が少ない場所で戦う心算をしていた。

    「イルマ、今回は海中で戦う心算だ。一応、水中戦のシミュレーションは2回受けてるから、適応は出来てるはずだ。心配すんなって」
    レントの軽く、しかし自信のこもった言葉にイルマは少し悩んだ。

    戦わせることは出来る。だが、通常のMWは水中では動きの速度が約60%まで低下するからだ。
    運動性を失ったMWは、単なる木偶の坊でしかなく、そこを如何にカバーできるかということだった。
    「ちょっと待って・・・水中戦をやるって言ったら渡せって言われてるものがあるの。ネストさん、勘がすごいわね」
    するとイルマは、行く前にネストからあるものを渡されていることを思い出し、ポケットの中を探った。
    するとそこには、小さいメモリーカードのようなものが入っていた。イルマは、これが何だったかすぐに思い出した。
    「ムカイ君、これ、ネストさんに貰った水中戦闘用コントロールサポートプログラム。

    これなら、通常の85%の速度で動けるようになるわ」
    「成るほど。関節自体の動きを早めてレスポンスを上げるってわけか・・・。

    サンキュー、イルマ。ネストさん、よく俺が戦うって分かったなあ」
    女の勘は恐ろしいが、時として自分を有利に運んでくれる。

    この場合、勘というよりは自分の性格から見抜かれているだと思うが。
    レントはイルマからメモリーを受け取り、もう一度キャリアーの方へ戻った。

    イルマはそれをほうっておくことが出来ず、自分もついてきた。
    「ムカイ君、無茶しないように私がそばで見てるからね。

    でもそれしちゃうと・・・サレンがまたやきもち妬いちゃうわね」
    レントはイルマが言ったことの意味が少し分からなかったが、

    気にせずキャリアーに積んであった<ラスゲージ>へと乗り込んだ。

    「あれ?イルマ?レントも<ラスゲージ>なんか乗って、何かあったの?まさか、ダブラーでも出てきたの?」
    水着に着替えたサレンがキャリアーの前で待ってくれていたが、

    今のレントにはそれに十分に答えてやれる余裕はなかった。
    「ごめんねサレン。彼ちょっと海中のダブラー逮捕したいんですって。残念だけど、休暇は一時中止になりそうよ?」
    サレンは少しショックを受けたような顔をしていたが、すぐに立ち直り、<ラスゲージ>のコックピットを見つめた。
    「レント・・・そんなにやる気があるってことは、何かあったのね?それが何かはまた後で聞くけど・・・気をつけてね」
    「約束してさ、小さい女の子と。この海に魚を戻してやるって。

    だから俺は戦おうと思ったんだ。帰ってきたら、一緒に泳ごうぜ、ちゃんと」
    レントはサレンとそう約束をして、帰る理由を作った。ジェイドにも、レナとちゃんとした休みを取らせたいし、
    イルマとはあまり一緒にいる機会がなかったので、今日をその機会にしたい。

    レントは、<ラスゲージ>にプログラムをインストールし、メインシステムを起動させた。

    <ラスゲージ>は目覚めたかのようにセンサーアイを発光させ、海底に潜むダブラーをすでにその視線へと捉えた。
    「よし、行くぞ<ラスゲージ>!あの海老野郎を切って刺身にしちゃおうぜ!」
    レントの想いを感じた<ラスゲージ>は、ゆっくりとその歩みを蒼く拡がる海へと向かわせてゆくのだった・・・。

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    皆さん是非足を運んでくださいませ

    佐倉愛斗さん